第102話 白い少女

 この白い少女は、大トカゲの守護者であり、さらに、奴らを使って色々なことをさせているようだ。


 その時、隣のイングリッドが剣を抜いた。


「もういい。こいつは、人に似ているが、人間ではない。今までの言葉から察するに、こいつがあの大トカゲ共を率いていると見て相違そういないだろう。ならば、斬るだけだ」

「えっ、でも、言葉も通じるし、まだ子供だぞ……」


 狼狽する俺に、イングリッドは厳しい目を向け、首を左右に振る。


「私とて、人に危害を加えない魔物ならば、むやみに傷つけたくはない。だが、こいつが率いる大トカゲの集団は、集落を滅ぼし、多くの人の命を奪った。それを、許すわけにはいかない。それに、見た目に騙されるな。こいつ、相当強いぞ」


 イングリッドは、大剣を中段に構え、その切っ先を白い少女に向けた。


 ……確かに、外見が子供でも、凶悪な魔物たちの親玉なら、斬るべきだ。

 彼女の言うことは、正しい。


 俺は、レニエルを促して、イングリッドが戦いやすいように、二人で充分な距離を取った。

 加勢をしないのは、俺たちごときが周りをチョロチョロしていたら、むしろ大剣を振るうイングリッドの邪魔にしかならないからだ。


「おい、何をしている。お前も構えろ」


 少し苛立たし気にイングリッドが言う。

 剣を抜いたというのに、白い少女が別段警戒することもなく、ぼーっと空を見ていたからだ。


 あまりにも無防備で、隙だらけな姿。

 今斬りかかれば、問題なく一刀両断にできるだろう。


 しかしそんなことは、イングリッドの性格上、騎士道精神に反するので、できるはずもない。


 突然、白い少女の手が動いた。

 攻撃してくるのか?

 そう思っていると、その手――いや、その白い指先は、空にある雲を指さした。


「あの雲、お魚に似てるー、あは、あは、あははははは」


 なんじゃそりゃ。


 魔物とは思えない、無邪気極まる発言に、俺だけではなく、イングリッドも緊張感をがれたようだった。ふぅっと、大きくため息を吐くのが、ここまで聞こえてくる。


 その時、鋭い風切り音が轟いた。


 それなりの質量の物体が、瞬間的に動くと、そういう音が出る。

 動いたのは、白い少女の肉体だった。


 白い少女は、一瞬でイングリッドとの距離を詰め、その首筋に、右腕の鱗――そこから伸びた鋭い爪を、突き立てようとした。


 まさしく、必殺のタイミング。

 何かが折れる、嫌な音がした。

 あまりにもすさまじい奇襲だったので、俺は、イングリッドの首が折られたのではないかと思った。


 だが、違った。

 折れたのは、白い少女の腕から生えている爪だった。


 イングリッドは、不意打ちを受けても、顔色一つ変えず大剣で防御し、逆に、相手の爪をへし折ったのだ。


 攻めた方の白い少女が、眉をひそめて腕を押さえ、その場に蹲った。

 どうやら、爪を折られた時に、強烈な衝撃を加えられたらしく、腕自体にもダメージを負ったようだ。


「防御がそのまま攻撃になる――これを、交差法と言う。不意打ちをさばくのは、私の得意技だ。隙をついての騙し打ちなら、一撃で勝負を決められるとでも思ったか? 軽く見られたものだな」


 うおおぉ……やっぱ強ぇ……

 不得手な格闘戦でも強かったが、こいつ、剣を使うと、こんなに強いのか。

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