第101話 だめだめだめー

 そして、そのトカゲ型魔物集団は、どうやら現在お昼寝中らしい。


 イングリッドの言う通り、そんな状態の敵を倒すのは少し気が引けるが、集落を燃やし、何の罪もない人々の命を奪った奴らだ、容赦することもない。俺は瞳を閉じ、奴らの脳天に、特大の雷光を落としてやるため、呪文を詠唱し始める。


 その詠唱に重ねるように、「だめだめだめだめー」と、気の抜けるような声が響いてくる。


 ええい。

 なんだ?

 イングリッドか?


 詠唱に集中できないだろ。

 俺はイラっとして、詠唱をやめ、瞳を開ける。

 目の前に、見知らぬ女の子がいた。


「うおぉっ!? 誰!?」


 叫びながら、その容姿を確認する。

 原住民の子か?

 いや、それにしては肌が白いな。


 白い。

 白すぎる。

 純白に近い白さだ。

 人間の肌の色じゃないぞ。


 髪も、白い。

 これまた、人間の白髪とは違う。

 白金に近い、光沢のある白く長い髪だ。

 それを、首の後ろで束ねている。


 年齢は13……いや、12歳くらいだろうか?

 神秘的な容貌のせいで、正確な年齢を推察することは難しいが、まあ、子供と言って差し支えない体格である。


 彼女はほぼ全裸だが、引き締まった身体の、胸や股間の部分は、蛇のような鱗で覆われており、よく見ると、手足も同様の鱗で硬く保護されている。


 鱗は、肌よりも少し銀色に近い白色だ。


 とにかくこの娘、全体に白を基調としたカラーリングである。

 その中で、彼女の大きな瞳だけが、ぎらぎらと黄金に輝いていた。


「だめだめー、だめだよー、今、あの子たち、くっつく途中だから、攻撃しないでー」


 こっちの警戒心を削ぐような、気の抜けた声。

 さっきの「だめだめだめだめー」は、言うまでもなくこの子の声だったようだ。


 左右のイングリッドとレニエルに目をやると、二人も突然出現したこの少女に、困惑しているのが見て取れた。


 ……だが、この娘、聞き捨てならないことを言ったぞ。

『あの子たち、くっつく途中だから、攻撃しないで』だと?

 この発言だけで、この子があの大トカゲ共と関係があることが分かる。


 それに、くっつく途中だって?

 なんだよ。『くっつく』って。

 少しだけ、嫌な予感がした。


 しかし、言葉が通じる相手なら、色々と情報を聞き出せるだろう。

 俺は、白い少女と、コンタクトを取ることにした。


「きみ、名前は?」

「おしえなーい」


 イラッ。

 何だこの野郎。

 ぶっとばすぞ。

 と、怒鳴りたい心をそっと鎮め、精一杯の作り笑顔でコミュニケーションを続ける。


「どうして教えてくれないの?」

「えぇー、だってー、知らない人にー、簡単に名前教えちゃ駄目っていうのー、じょーしきでしょー?」


 ぐっ。

 こんな常識から外れた感じの奴に、常識について説教されるとは。

 しかしまあ、彼女の言うことにも一理ある。

 俺は、素直に自己紹介した。


「俺は、ナナリーって言うんだ。冒険者をしている。遠いところから、やって来たんだよ」

「へぇー、そうなのー」

「これで、知らない人じゃないよね? 名前、教えてくれるかな?」

「おしえなーい」


 イライラッ。

 ええい、名前はもういい。

 こいつは、いったい何者なんだ。


「きみ、あの大トカゲたちと、何か関係あるの?」

「うん。あるあるー、おおありー。私ねー、今ねー、あの子たちを、守ってるのー。あの子たちを使って、いろいろやるのー」

「いろいろやる? 何をやるんだ?」

「おしえなーい」


 このガキ……

 しかし、貴重な情報を得たぞ。

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