第13話 これはゾンビですか?
というわけで、俺とレニエルは、魔王城方面と反対側の出口から、フィエオロの町を出た。
今日一日で、随分と色んなことがあったが、時刻はまだ、正午を少し回ったあたりである。特にトラブルがなければ、日暮れまでには、どこかの町にたどり着くことができるだろう。
大草原の中、申し訳程度にブロックで舗装された街道を、俺たちは踏みしめていく。暖かな日差しがやけに心地よく、俺は大きくあくびをかいた。
レニエルは、臆病な猫のように、あちこちをキョロキョロと警戒している。
「心配しなくても、近くに魔物の気配はないよ。それに、こっち側には、そんなに強力なモンスターはいないしね」
「そ、そうですか……」
「万が一、空飛ぶ魔物が急襲してきても、あのクソ重い甲冑さえ着てなきゃ、お前は軽いからな。俺が担いで逃げてやるよ」
そう言って俺はレニエルの肩をポンと叩くが、今の言葉はかなり彼のプライドを傷つけたらしい。
「だ、男子である僕が、そう何度も、女性のナナリーさんに助けてもらうわけにはいきませんよ」
「旧時代的な考え方だなあ。男女共同参画社会って知ってる?」
「初めて聞く言葉です。なんですか、それ?」
「俺もよくわからん」
なんとなく、頭に浮かんだのだ。
恐らく、前世の俺の記憶なのだろう。
会話はしばらく途切れ、俺たちは街道をてくてくと歩いていく。
「と、とにかく、あのグレートデーモンのような、とてつもない怪物相手ならともかく、一般的な魔物程度なら、僕が追い払って見せます。この剣で!」
レニエルは、腰に帯びていたショートソードの柄に、軽く手をかけた。
あの白銀の甲冑は、グレートデーモンに襲われた場所に置きっぱなしにしたようだが、剣だけは持ってきたのだろう。美しい装飾が施された鞘は、それだけで芸術的な価値がありそうだ。
「『この剣で!』って言ってもねえ。そもそもお前、ちゃんと剣、使えるの?」
「失敬な! 使えますよ! 聖騎士に抜擢されてから、一ヶ月間みっちり稽古をつけてもらいましたから」
「へえ、そりゃ頼もしいな。……おっ、とかなんとか言ってるうちに、向こうから魔物が来るぞ」
「えっ」
「ビビるなって、大した魔物じゃない。ゾンビだ。動きものろいし、サクッと倒して経験値を稼いだらどうだ?」
俺が笑ってそう言うと、レニエルは重く硬い表情で、静かに頷いた。
豪奢な鞘から、ゆっくりと刃が抜かれていく。
一滴の血も吸ったことのなさそうな、曇りひとつない白銀の刀身。
その切っ先は、小さく震えていた。
うーん、こりゃ、やめさせた方がいいかもな。
凄腕の冒険者に何度も殺されかかった俺は、構えを見るだけで、ある程度の実力がわかる。
レニエルが、一ヶ月間みっちり稽古をしたと言うのは、本当なのだろう。
剣の握りや、腰の落とし具合など、基本的な姿勢は良くできている。
しかし、たかがゾンビ相手に、この緊張ぶり。
きっと、実際にモンスターを倒した経験は、一度も無いに違いない。
俺は、諭すように言った。
「なあ、あの程度の魔物なら、俺の魔法でやっつけられるから、そんなに無理しなくても……」
「今集中してますから話しかけないでください!」
「あっ、はい」
怒られてしまった。
仕方ない、ここは黙って、成り行きを見守るとしよう。
こちらに気がついたゾンビは、呻きながら手を前に出し、ノロノロと近づいてくる。その口からはよだれがだらだらと垂れ落ちていた。
濁った両の瞳には、俺とレニエルの姿がぼんやりと映っている。
若い女と子供の肉だ。
奴にとっちゃ、最高のごちそうだろう。
まあ、食べられてやるつもりはないけどね。
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