第12話 分魂の法
俺はベッドから元気に飛び出ると、そばにあった靴を履き、軽く背伸びをする。
怪我の影響は、もう全くなかった。
レニエルの『分魂の法』とやらは、大したものである。治癒魔法でも手の施しようがないほどの致命傷が、こうも完璧に治ってしまうなんて。
これほど高等な法術が使えるのなら、働き口はいくらでもあるだろう。
もう、命を粗末にするような真似もしないだろうし、俺も安心して、新天地を求めて旅立てるというものだ。マスターにも別れを述べ、部屋から出ようとする俺に、レニエルはおずおずと言った。
「あの、ナナリーさん……申し上げにくいのですが……」
「なに?」
振り返り、聞き返すが、レニエルは黙り込んでしまう。
「なんだよ?」
もう一度聞き返すと、やっと、意を決したように、口を開いた。
「その……分魂の法で、ナナリーさんと僕とは、一つの魂を二つの体で共有してるんです。だから、あまり長い距離、はなれるわけにはいかないんです」
「そりゃ困るな。長い距離って、具体的にはどれくらい?」
「えっと、実際に分魂の法を試したのは初めてなので、ハッキリとしたことは言えないのですが、互いの目が届く範囲には、いたほうがいいと思います」
「ふぅん。ちなみに、長い距離はなれると、どうなっちゃうの?」
「……二人とも、死んでしまいます」
俺は、ぎょっとした。
「おいおい、それじゃ、これからはずっと、お前とべったりくっついて暮らさなきゃいけないってことか?」
「えっと、まあ、そういうことになりますね……」
「かぁ~……参ったな、こりゃ」
思わず、天井を仰ぐ。
何か、文句を言ってやろうかとも思ったが、やめた。
本来なら死ぬところを助けてもらったのだ。
自分の魂を分けてくれたレニエルを、どうして責められるだろうか。
「あ、あの、ナナリーさん、大丈夫です。僕が、ナナリーさんの行動に合わせますから。あなたが旅をしたいと言うなら、僕もついていきます。あなたがどこかに留まると言うなら、僕もそこに留まります」
レニエルは、俺を元気づけるように、精一杯の笑顔を作って言った。
なんとまあ、いじらしい奴だ。
俺は、軽く笑みを浮かべ、彼の頭を撫でた。
途端に、レニエルは慌て、顔を赤くする。
「わっ、もう、子供扱いしないでください」
「子供を子供扱いして何が悪いんだ?」
「僕はもう12歳です。子供じゃありません」
「12歳は子供だよ」
「うぅ……」
ふてくされながらも、レニエルは大人しく頭を撫でられ続ける。
マスターが、声をかけてきた。
「なんにせよ、お前たち、この町から出た方がいいだろうな。リモールの王様がそのお嬢ちゃんを死なせたがっているなら、ちゃんと死んだかどうか、部下が調査に来るだろう。それなのに、この町でフラフラしてちゃ、色々まずいだろ」
「確かに、その通りだな。すぐにでも出発するよ」
「ああ。……まぁ、乗りかかった船だし、リモールの調査員か何かが俺の店に来たら、お嬢ちゃんは、無謀にもグレートデーモンに挑んで、五体バラバラにされて食われたとでも言っておいてやるよ」
「ありがとうマスター。色々世話になった。それじゃ、お別れだな」
俺は、マスターと握手を交わし、レニエルを伴って部屋を出る。
退室の際、レニエルはマスターに恭しく頭を下げ、最後にピシャリと言った。
「マスターさん、僕は『お嬢ちゃん』じゃありません。これでも男です」
バタン。
扉が閉まった向こうで、マスターが「なかなか面白いジョークだ」と笑っているのが聞こえた。
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