第3話 酒場のマスターがやばい

 やはり、素直に事情を話して謝り、飲食費の分、ここで働くしかないか。

 俺は、ちらりとマスターの顔を見る。

 顔中に無数の傷があり、一目でただ者ではないと分かる風貌である。


 うーん。

 怖い顔だ。


 今から、この男に言うのか。

『実は、お金持ってないんです。ごめんね』って。

 彼がどんな反応をするか、想像しただけで気が重くなってきた。


 いや、しかし、人は見かけによらないと言うし、実は優しい人で、困窮した俺の事情を察知して、パンとスープくらいタダにしてくれるかもしれないじゃないか。


 俺は、希望的観測で心を満たし、ゆっくりと唇を開きかける。


 その時、俺の背後のテーブルで酒を飲んでいた男が、急に立ち上がった。

 俺が驚いて振り向くころには、彼は一気に店の入り口まで進んでいた。

 人間のくせに、凄い俊足だ。

 スタートダッシュは、俺とそれほど変わらないかもしれない。


 そこまで考えて、やっと気がついた。

 こいつ、食い逃げだ。

 マスターも、逃げようとする男に気がついたが、男はもう、店のドアを開け、出ていくところだ。今更追ってもどうしようもあるまい。


 パンッ!

 乾いた音が、店内に響いた。

 俺は、この音に聞き覚えがある。

 冒険者たちに、何度も襲われ、聞いた音だからだ。


 それは、銃声だった。

 食い逃げ男は、店のドアを半分開けたところで、銃に撃たれて息絶えていた。


 撃ったのは、酒場のマスターだ。

 彼の手には、年代物の拳銃が握られている。

 マスターはつまらなそうな瞳で食い逃げ男の死体を見下ろすと、店内の客に謝った。


「騒々しくして、すいませんね。でも、俺の店で無銭飲食した奴は、殺すって決めてるんですよ。理由の如何を問わずね」


 そう言うと、彼はどこかに連絡して、食い逃げ男の死体を引き取ってもらっていた。俺は、自分の置かれた状況の危険さを悟り、背筋を凍らせる。


 やばい。

 やばい。

 やばい。


『俺の店で無銭飲食した奴は、殺す』


 そう言ったマスターの口元は、冗談めかすように、わずかに微笑んでいたが、目は全く笑っていなかった。


 俺は、半ば確信に近い思いを抱いていた。

 きっと、この男の前で『実は、お金持ってないんです。ごめんね』なんて言おうものなら、その場で眉間に銃弾を撃ち込まれる。


 先程の早撃ちは、見事だった。

 この男、元は凄腕の冒険者か殺し屋だったんじゃないか。

 シルバーメタルゼリーの俺でも、この至近距離で急所を狙われたら、かわしきれる自信はない。


 賞金首になるのを覚悟で逃げ出したとしても、あれほど足の速い先程の男がやられたのなら、俺もやられる可能性は高い。


 ああ~。

 なんてこった。

 せっかく、魔王軍を辞めて、悠々自適の暮らしができると思ってたのに。

 こんなところで、早くも生命の危機に遭遇してしまうなんて。


 俺は、メニュー表を見て、パンとスープの代金を確認する。

 合わせて、10ゴールド。

 たった、10ゴールドぽっちのために、こんな恐ろしい思いをすることになろうとは。


 俺は、重く深い溜息を吐いた。

 顔は、相当に青ざめていることだろう。

 そんな俺に、マスターが声をかけてきた。


「どうしました、お客さん。顔色が良くありませんが」

「目の前で人が殺されたら、普通、顔色くらい悪くなりますよ」


 いけない。

 穏便に会話をしようとしたのに、何故か挑戦的な物言いになってしまった。


 しかし、マスターは俺の言い方を面白く感じたらしく、軽く含み笑いをして、話を続ける。

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