第4話 美少女? 美少年?
「それは失礼しました。いやね、最近、多いんですよ。ああいう食い逃げが。だから、非情に見えるかもしれませんが、厳しく対応しなきゃならんのですよ。こちらも、命がけで商売してるんでね」
「命がけ?」
俺が聞き返すと、マスターは小さく頷いた。
「考えてもみてください。ここは、世界のあらゆる町村の中で、最も魔王城に近いんです。町を出て少し行けば、最上級の魔物たちがわんさかいる。食べ物や酒の仕入れ一つとっても、命がけですよ」
「なるほど」
「俺は、これでも元冒険者でしてね。魔王を倒そうとやって来る若い冒険者たちをねぎらうつもりで、商売をしてるんです。食べ物も、酒も、良心的な値段でしょう?」
「そうですね。それに、味も良かったですよ。あのパンなんか、バターの風味がよくきいてて、絶品でした」
「はは、喜んでもらえて何よりです。ところで、お客さん。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
「なんです?」
「あなた、お金持ってます?」
そこそこ和やかだった空気が、一瞬で凍り付いた。
恐らく、パンとスープを食べ終わったのに、会計もせず、追加で何も頼まない俺を怪しんで、マスターは話しかけてきたのだ。
彼の右手は、腰のホルスターに回されている。
そこでは、先程食い逃げ男を一発で仕留めた銃が、鈍い輝きを放っていた。
こりゃもう、やるしかないか。
逃げるか、それとも先制攻撃で魔法を食らわせるか。
考えあぐねていると、背後から雲雀のように可愛らしい声が聞こえた。
「失礼、この者は僕の従者です。彼女の飲食費は僕が払いますから、心配いりませんよ」
俺は、振り返る。
声の主は、白銀の甲冑に身を包んだ、小柄な少女だった。
肩まで伸びた金色のショートヘアに、意志の強そうな青い瞳。
見るからに高貴な身なりである。
言うまでもないが、俺は彼女の従者ではない。
しかし、察するに、どうやら俺の窮状を見かねて、助け舟を出してくれているらしい。俺は、素直に話を合わせることにした。
「そ、そうなんですよ。お嬢様、食事も終わったことですし、そろそろ出ましょうか」
へりくだって『お嬢様』と呼ぶと、少女の顔が一瞬不快そうに歪むが、彼女は黙って自分の飲食費と、俺の分の代金を払い、俺と共に酒場を出た。マスターは、俺が少女の従者でないことは分かっていたようだが、金さえもらえれば文句はないらしく、特に追及はしてこなかった。
助かった。
人々が行きかう雑踏の中、俺は改めて少女に礼を言った。
「いやあ、助かったよ、お嬢ちゃん。正直言って、生きた心地がしなかったんだ。見ただろ? あのマスターのおっかない顔。たぶん、逃げても戦っても殺されてたね。いや、くわばらくわばら」
少女は、またしても不快そうに眉を顰める。
俺、何かまずいことを言っただろうか。
おずおずと、尋ねてみる。
「あの、ごめん。なんだかよく分からないけど、怒ってる?」
「あなたに、言っておくことがあります」
「あっ、はい」
「僕は男です。『お嬢ちゃん』なんて、二度と呼ばないでください」
えぇ~……
嘘だろ……?
どこからどう見ても女の子なんだけどな。
まあ、窮地から救ってくれた恩人であるし、これ以上性別のことに言及して彼女――いや、彼の機嫌を損ねることもないだろう。俺は、素直に謝罪した。
「こりゃ失礼した。悪気はなかったんだ」
「分かってもらえれば、それでいいです。女性と間違われるのは、慣れてますから」
「……だろうね、その容姿じゃ」
「何か言いました?」
「いや何も。それより、どうして俺を助けてくれたの?」
「だってあなた、お金を持っていないんでしょう? 顔色を見てすぐにわかりましたよ。あのままじゃ、あなたも先程の男性のように、酒場の店主に殺されてしまうじゃないですか。とても、見殺しにはできませんよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます