第2話 人間は胃袋があるから腹が減る

 冒険者に襲われないことで、旅は驚くほど快適に進……むかと思ったら、別にそんなことはなかった。


 襲われるのだ。

 魔物に。


 それはそうか。

 今の俺は、どう見ても人間なのだから。


 しかし、シルバーメタルゼリーの足の速さをもってすれば、魔物から逃げることなど造作もなかった。あっという間に奴らの視界から消えてしまえば、経験値狙いの冒険者たちのように、しつこく追いかけてはこない。


 だから、魔物との戦いについては、とりあえず問題なしなのだが、一つ、大きな問題が浮上した。


 なんだか、やたらと腹が減るのだ。


 不定形だったシルバーメタルゼリーが、人間の姿になったことで、『胃袋』ができてしまったからだろう。


 魔物のままだったら、洞窟の苔や、水中の微生物を食べて栄養にできたのだが、今の姿ではどうやら無理っぽい。


 俺は渋々、人間の町に立ち寄った。


 町の名は、『フィエオロ』


 人間どもめ、よくもまあ、魔王城の近くに町など建てる気になったものだ。

 ……と思ったが、良く考えると、シルバーメタルゼリーの俊足を活かして走りまくったので、魔王城からはすでにかなり離れている。


 振り返って目を凝らしても、城の輪郭すら見えない。

 なるほど、これくらい距離があれば、町を建てても不思議ではないか。


 俺は、酒場の門をくぐった。

 もう腹がペコペコだ。


 カウンターにつき、不愛想なマスターに、パンとスープを注文する。

 そこで、気がついた。

 自分がただの1ゴールドも持っていないことに。


 注文を取り消す間もなく、パンとスープが俺の前に運ばれてきた。


 仕事の早い店だ。

 俺は考える。

 今更、「実は一文無しなので、やっぱりいいです」と言っても、注文物が来てしまった以上、トラブルは避けられないだろう。ならば、毒を食らわば皿までだ。俺は、温かいスープに手を付けた。


 美味い。

 美味すぎる。


 肉と野菜の欠片が少し入っているだけの、人間にとっては何の変哲もないスープなのだろうが、これまで苔や微生物程度しか食べたことのなかった俺にとっては、究極の美食といっても過言ではないほどの味だった。


 続いて、パンを頬張る。


 おお……

 バターの風味が、口いっぱいに広がって……これは……至福……


 俺は、スープを二~三回すすっては、パンに思い切り齧り付くというローテーションで、五分もしないうちに全て平らげた。


 シルバーメタルゼリーの俺は、今まで一度もバターなど食べたことはない。それなのに、パンに含まれるバターの風味をハッキリ感じ取れたのは、きっと前世の俺が、食べたことがあるからなのだろうな。


 食事を終え、俺はふぅっと一息吐く。

 腹が満ちると、急に冷静になり、まったくの文無しなのに、飯を注文して食ってしまったという事実が頭に重くのしかかった。


 さあ、これからどうしようか。

 まず、思い浮かんだのは、シルバーメタルゼリーの俊足を活かし、この場から逃げること――つまり、食い逃げだ。


 しかし、すぐにそれが悪手であると気がつく。


 この場は乗り切れるかもしれないが、そんなことをすれば、俺は賞金首になってしまう。


 せっかくこうして人間の姿になり、経験値狙いの冒険者に追い回されることはなくなったというのに、食い逃げのお尋ね者になっては、今度はケチな賞金稼ぎに追い回されることになる。それはごめんだ。

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