分かれ目

 そして幾歳もの年月が過ぎた。

 時代が進むにつれ、人々の様子が変わってゆくことには葉弥栄ノ×××××神も気付いていた。

 しかし彼は未だ超然たる神格を備える存在であり、また変わらず、己の元へ参る人々のことを愛していたため、その事情に対し他の神々より僅かに鈍感であった。

 だが神々が顔を合わせる会合で、度々呟かれるその囁きに不穏を感じぬほどに愚鈍では、もちろんなかった。


 人は信仰から遠ざかりつつある。


 ……その囁きに、馬鹿な、とは、返せない。

 それは彼も強く感じている事実であったから。

 長く人々を見守るうちに、ある時代を境に、僅かずつ社から人々が遠ざかってゆく事情には葉弥栄も気付いていた。気のせいだと首を振るには、あまりに露骨な時代の流れだった。


 人の信仰無くして、神は神足り得ない。

 分かっていた。分かっていたが、それでも葉弥栄は人々を見守っていたかった。それほど強く、人というものを愛していたから。

 だが。

 時代が進むほどにその囁きは大きくなり――ついには囁きだったそれは喧々囂々の怒声となるまでに膨れ上がり、その懸念は深刻なこととなった。


最早此処ココハ我ラガ根ヲオロス土地ニアラズ」


 そう切り捨て、土地を見捨て新天地へと飛び立つ神が現れたのも、それからしばらくしてのことだった。

 なにも薄情というわけではない。先に見放したのは人であるのだから。……もし信仰を失えば、神は塗炭の苦しみを味わうこととなる。

 だがしかし葉弥栄は見捨てられなかった。縁の神格という己を信じ、未だ社へと赴く愛しき彼等を切り捨てることなどできなかったのだ。



 ここが分かれ目だった。



『そのような不確かな力など、最初から信じていなかったし、頼ってもいなかった』。

『見放す、見捨てる、切り捨てる。そのような言葉を勝手に使われても困る。生まれてこのかた、あなたなぞに世話になった覚えなどない』


 ……どこまでも奔放である人が、時代の流れと共にそういった考えを持ち始めることに、葉弥栄はどうして気付かなかったのか。

 悠久の気高さを期待したのか……子子孫孫、脈々と受け継がれる人々の確かな愛というものを信じたのか。

 ――いや、葉弥栄は気付いていたのだろう。

 悠久の気高さ、脈々と受け継がれる愛、それらが荒唐無稽な虚ろと知りながらも、それでも――それでも人々を見放せなかった。


 愛しかった。

 そして、損をするのは、いつだって……。


「……私は最後まで人々を見守ろう。それが縁を司る神の努めである」


 神格揺らぐことなく、十全な意思を持ってそう決意した葉弥栄は、他の地へ飛び立つ神を幾柱も見送った。そして……。

 ――葉弥栄の、月より淡く美しい白の髪がくすみ始めたのは、いつの頃からだったか。


 

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