零歩目:遥かなる祈りを渡り見て
不滅と謳われた神
やれ
杯に月を浮かべ飲み干した赤ら顔の若い衆の狂言に、境内の石畳に腰を降ろし酒を酌み交わす大勢を鳥居の上に立ち見下ろしていた葉弥栄ノ×××××神は、思わず苦笑を浮かべ、その者の額を指で弾く真似事をした。
葉弥栄神社。
縁を繋ぐ。その有難味にあやかろうと社へ赴く者は多く、今や祭り事となれば大変な賑わいを見せるほどの神格を宿す神社である。――
なぜ豊穣の祈願を、縁を司るこの神社に向かい捧げるのか。それには、いかにも人間らしい奇矯な理由があった。
ここで祭りを行いたい! ……しかし縁を司る神を祭るには如何様な時期がよろしいのか?
そうだ、豊穣祈願の祭りをここで行おう! 場所、神格共に申し分ない。……なに? 五穀豊穣の祈願は豊穣神に捧げるのが筋だと? いや、葉弥栄様なら稲苗と大地の縁をも繋いでくれるに違いない。
そうだ、そうだ!
そうであれば、五穀豊穣の祈願祭りをここで行うことも間違いではあるまい! やろう、やろう!
……言うまでもなく、これは都合のよい場所で存分に騒ぎ、大いに飲むために人間がこじつけた手前勝手であり、葉弥栄ノ×××××神からすれば言いがかりを吹っ掛けられたかのような困った事情だった。
しかし葉弥栄ノ×××××神は、そんな手前勝手で奔放な人間たちを、狂おしいほどに愛しく感じていた。
神輿が無い。よし、手前らで勝手に造ってしまえ!
人が集まらん。よし、『稲苗と大地の縁をも繋いでくれる縁の葉弥栄様』と吹聴してしまえ!
酒が足りん。――社に奉納されている分を何本か拝借しよう! なに、その分、天下に葉弥栄様の名が轟くほどに、声高に祭り上げればいいさ!
そんな自由奔放な彼等の営みを、葉弥栄は他の何よりも愛していた。
今こうして赤ら顔で酒を飲み明かす彼らも。
産声上げたばかりの赤子を腕に抱き、社に頭を下げに来る彼女らのことも。
夜中にここを訪れ、縁に関わる懺悔を、意味が無いことを知りながら、涙を流しながら頭を下げ滔々と吐露するその者のことすらも。
日々そこにある人の営みを突然に壊さんとする愚か者には唯一白い目を向けたが、概ね、葉弥栄ノ×××××神にとって、人とは堪らなく愛しいものである。
願うなら、この先も悠久の時間、彼等の営みを見続けることができれば……。
縁の神を慕う彼等に対する深き愛情、その真実の祈りの力が、
そして、今やその神格に豊穣の力さえ宿した葉弥栄の神。
長く伸ばした白の癖毛は月より美しく輝き、双眼の青はこの世の何よりも深い。その表情には神格宿る穏やかな風格を宿した、若者の象りの姿たるや……。
縁の神は滅びまい。
他多くの神々にそう言わしめた不滅の神格が、彼に、そしてその社にはあった。
――葉弥栄の神は、今日も人々の営みを見つめ続ける。
狂おしいほどの愛しさを感じながらに、時に力を差し伸べ、時にただ微笑み、――そして時に、八百万の神々が畏怖するほどの険しさで、人の力の及ばぬモノからそれらを守り続けた。
ずっと……。
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