【渡し神】のコマと予感の運命 ~3~

「帰ったよ」

「おかえり! 木洩日、どうだった? なにがあ――どうしたのさ木洩日!?」


 木洩日は『ふぁーめい』らの家につくなり駆け出し、奥の部屋へと身を隠してしまった。


「『ふぁーた』、ちょっと」と、『ふぁーめい』が困惑する『ふぁーた』を呼びつける声が後ろで聞こえた。


 しばらく『ふぁーめい』の静かだが毅然とした声色と、『ふぁーた』の驚きの大声がくぐもって聞こえてきたが、やがてそれも聞こえなくなった。

 部屋の隅で蹲る木洩日。丸めた背の後ろから、『ふぁーめい』の気配が近づいてくることに気付いた。


「気分はどう? よくない?」


『ふぁーめい』は木洩日の肩に手を乗せ、膝を正して木洩日の隣に座った。

 木洩日は俯いたままに、訥々と言葉を紡いだ。


「……私、こんな日が来ることを知ってた。なんでかは分からない。でも、いつか近い日にこの村を出て、どこかへ歩き出さなきゃいけないことを知ってたの……」

「……そう。そっか」

「でも私はこの村で暮らしていたい。それができないことをどこかで分かっているのだけれど、でも私はそう願ってるの」

「…………駄目よ」


『ふぁーめい』は優しい口調で、しかしきっぱりと言い切った。

 木洩日が顔を上げ『ふぁーめい』のほうを窺えば、そこにはいつだって変わらなかった、あの心温まる表情が。――布で隠されているというのに、木洩日はもう『ふぁーめい』の浮かべるどんな表情も心の瞳で見ることができた。

『ふぁーめい』は木洩日の瞳を真っ直ぐに覗きながら、言った。


「木洩日。人は時に、目指すべき運命というものをはっきりと見通すことができるの。それはその人の心の内が、その方向へ真っ直ぐに向かっているときに起こるのよ。――あなたはもう心で理解している。けれど、未来への恐れが別の道を選ばせようとする時がある。木洩日、恐れては駄目。それはとても難しいことだけれど……。あなたは選べる、その強さがあると信じているわ」


 木洩日は涙の溜まった瞳でじっと『ふぁーめい』を見つめた。

『ふぁーめい』が、にこりと微笑んだのが分かった。


「愛しているわ、木洩日。たった数日の間だったけれど、一つ屋根の下で暮らし、あなたがどんなに素敵な性分を持っているかに気付くには十分な時間だった。あなたならできる、私は一日も欠かさずあなたの無事を祈りましょう」


 そして『ふぁーめい』は布越しに、木洩日の額に口付けした。

 木洩日はついに涙の堰を切らせ、『ふぁーめい』の胸へ抱き付いた。


「――私怖いッ! この先にどんなに大きな過酷があるのかも、どうしてか知ってしまっているの! ここは皆温かで優しいのに……前に暗がりが広がってるみたいに何も見えないの!」

「――あなたは行かなければならない。運命を真っ直ぐに見据えて道を行きなさい。大丈夫、【渡し神様】が付いている。……あなたが【煌めきの海】からの授かりものだと聞いたときから、実は私も、こんな日が来ることをどこかで知っていたの。――あと一日の間、この村でうんと安らぎなさい。大丈夫、あなたの旅路は、ここであなたを知る者全員が祈るから。だから大丈夫、あなたは大丈夫よ――」

「う、うぅう…………」


 長い間、木洩日は『ふぁーめい』の胸の内で泣き続けた。

『ふぁーめい』は無言で木洩日の頭を撫で続けた。初めてと変わらぬ愛情で。そして出会った時よりも深く熟された親愛で。


 

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