異郷 ~2~
その村は、海岸沿いの村であった。しかし不思議と潮の匂いは少しも香っていない。
木洩日が外に出ると、村は大騒ぎになった。大勢の三角頭の人々が遠巻きに木洩日を見やり、しきりにざわざわと話を交わすうちはよかった。
やがて時間が経つと、人々はもっと近くで木洩日を見ようと一層騒がしくなり、中にはわざわざ小走りで二人を追い駆け、木洩日の顔を覗きにくる者すらあった。
その度に『ふぁじゃ』が。
「いんふぁ。――いんふぁッ!」
とお調子者を叱りつけ追いやった。
「…………」
木洩日は村の景色を視界に収めるたびに驚き、そしてその不思議に触れるたびに泣き出しそうな表情になった。
空がとても高い。カナイとは違う色、より明度の高い真っ青な青空。そこに浮かぶ雲は遥か遥かに遠く、木洩日は小人にでもなったかのような感覚を味わった。
地平の先まで続く広大な海、その水面の色を何と言い表したらいいのか……。暗くもあり、明るくもある青と灰の中間色のような……。見ていると侘しい気持ちになるそれが、きらきらと輝き波打っている。
砂浜の粒は輝く砂金のようだ。しかしその面積は、走れば一息で両端に達してしまうほどに狭い。
青い植物茂る緩やかな崖が砂浜と地とを隔てている。その上には道があり、それを少し進めばいくつもの家が。どれも長の住処のように木造の布張りだった。潮にやられ痛んでいる様子はどこにもない。――所々に、風車に似た建物も建っている。ゆっくりと進む村の時間を表しているかのようだった。
「……うわあ」
それを目にしたそのときだけ、木洩日は悲しみの気持ちを忘れ、感嘆の声を上げた。
斜面に建ついくつもの家の先。村の領域外。
そこは、一面の草原だった。
雑草すらほんの僅かしか背を伸ばさない村の環境から一転、その草原は伸び伸びと緑が生い茂り、それが風に靡き輝いていた。
線でも引いたような明確な隔たりでもって、ある場所から草が青々と背を伸ばしている。そのため、たった一歩でまったく別の場所へ飛んでしまったかのような錯覚を受ける、不思議な感動を覚える場所だった。
茫然と眼前一杯に広がる草原を見つめる木洩日に、『ふぁじゃ』が突然、野太い声をかけた。
「お前、なぜ死んだ?」
「……! …………」
木洩日は俯き、首を横に振った。
「……思い出せないの。どうやって死んじゃったのかも、そのほかのことも。名前だけ、自分が自分であるってことだけしか覚えてない。……あと、言葉もか」
「そうか。……心を痛めたのなら謝る。聞き方が分からない」
「…………! ……うん!」
『ふぁじゃ』は黙って木洩日に手を差し伸べた。
木洩日も無言で、その大きく角ばった手を取った。
草原に背を向け、二人手を繋いだまま、来た道を引き返し始めた。
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