第21話・タコさんドロップキック

 ド・アッホーの屋敷の通路を宇宙アザラシが、のたのたと腹這い移動していた。

 ド・アッホーの部下の黒ザコと、アザラシが丁字路の離れた位置で遭遇する。

 じっとしている、アザラシをしばらく凝視していた黒タイツの男は。

「なんだ、ヌイグルミか」

 そう呟いて歩き去ると、アザラシも動き出した。

 アザラシは、応接室に入ると皮を脱いで美少女タコ娘の姿になった。

 アザラシの皮から出てきた、汗だくのアルゴ・リズムが言った。

「ぷはぁ……忍び込むために、セルキー星人のプロレスラー仲間から、皮を借りてきたけれど。よく、試合終了後にこんな暑苦しい皮の中に入っていられるなぁ」

 セルキー星人のアザラシ皮は、ぶ厚くて刃物を通さないので防弾チョッキの代用になる。

 実際に防光弾ベストの材料にも、セルキー星人の皮は利用されている。

「タコは刃物で切られたら弱いから、セルキー星人の厚い皮を借りたけれど」


 アルゴ・リズムは、首から下をヒューマン体に変化させると。

 壁に飾られている赤いドクロの前に立った。ドクロオブジェの近くには『この赤いガイコツが怪しい』と書かれた紙が貼られてた。

 リズムが、壁に貼られていた紙を剥がすと、紙は白い煙になって消滅した。消滅する際に煙はテルミンの紋章に変わって消えた。


(確か美鬼さまが言っていたっけ、屋敷の監視システムは無力化しておくって……アリアンロード十五将の数名は、すでに惑星ユーフォリアに潜伏しているって)


 リズムは、赤いドクロのオブジェを調べて片方の目の奥にボタンを発見する。

「これが、美鬼さまが言っていた地下に通じる仕掛け? 金持ちの屋敷には必ずあるという」

 リズムの顔がアッホーの顔に変わる。ドクロ目のボタンを押すとガイコツの口がパカッと開いて顔認証が行われ、カチッと壁の中から音が聞こえ。

 隠し扉が開くと扉の向こう側には、地下へと続く階段が続いていた。

 階段を下っていくと、階段の踊り場に金属の重厚な扉があった。

 リズムが取っ手を引くとドアが開き、淡いグリーン色の光りに満ちた部屋の中に、並ぶ長方体のケースを見たリズムの全身に恐怖が走る。


(なに? この部屋?)

 ド・アッホーによってコレクションされた女性たち──その中には織羅・レオノーラや炎将ボルトーの姿もあった。

 吐き気をもよおすほど、おぞましいコレクション部屋の扉を、慌てて閉めたリズムは地下へと続く階段を駆け下がる。

 階段突き当たりの金属扉を押し開けると、地下プロレスの会場があった。


 金網に囲われた、デスマッチリング──中継される映像を、富裕層の観客は離れたVIP部屋で飲食をしながら、賭けて死闘を楽しむ醜悪な地下プロレスの場所。

 リズムはリングから離れた壁に、金属柵で仕切られた牢が並ぶ場所を発見する。

 近づいてきた中を覗くと、薄暗い牢の中に虚ろな目をした、ヒューマンタイプの格闘少女たちの姿を見た。

 どの少女も、本来とは異なる姿に変えられている。

(なんて酷いコトを)

 リズムは、背を向けて膝抱え座りをしている、後輩のゴキブリ仮面少女を牢の中に発見して声をかける。

「無事だったの、良かった……今すぐ助けるから」

 リズムは、両腕を二本づつ、四本のタコ腕に変化させると、金属柵を横に引っ張り曲げて隙間を作った。


「助けに来たよ、一緒に逃げよう」

 広げた柵の隙間から入ってきた、リズムを見たゴキブリ少女が虚ろな声で呟く。

「先輩? いやぁぁ! 見ないでください!」

 両腕で自分の体を抱き締めて、リズムの視線を避けるように牢の隅に逃げ込み震えるゴキブリ少女。

 ゴキブリ少女の震える声が聞こえてきた。

「先輩にだけは、こんな醜い姿は見せたくなかった……先祖が数世代に渡って、遺伝子手術を繰り返して、やっとヒューマン型になれたのに……先祖がえりをして、こんな醜い姿に」

 リズムのタコ触腕が、ゴキブリ少女の肩に優しく触れる。

 穏やかな口調で、リズムが言った。

「ぜんぜん、醜い姿じゃないよ、茶色い羽とか、お尻から出ているツノみたいな二本の尾角びかくも可愛いよ……あたしなんかタコだよ」

 振り返るゴキブリ少女、続けてしゃべるリズム。

「あなたは、自信さえ持てば強い……それは、あなたが必死に練習していた姿を見ていた、あたしが保証する」

「先輩……」

「行こう、ここはあなたがいる世界じゃない……あたしと一緒に、捕まっている女性を助けよう、あたしとタッグを組んで悪いヤツをやっけよう」

「はい、先輩」

 牢の外に出たリズムは、触手を伸ばしてスイッチを押して、牢の扉をすべて開錠して閉じ込められている少女たちに、逃げるように促すと。

 レオノーラたちが、コレクションされている部屋に向かった。



 ド・アッホーのコレクション部屋を見たゴキブリ少女は、口元を手で押さえて、不快な表情をする。

「なんですか……コレ?」

「とにかく、織羅・レオノーラと、炎将ボルトーを先に助け出さないと……」

 リズムが、そう言った時──入ってきた扉の方からド・アッホーの声が聞こえてきた。

「おやおや、これは……わたしは、なんとラッキーなのだろう」

 そこに、黒ザコの部下のを引き連れたド・アッホーが立っていた。

 部下の一人の手には、メカ・モスキートが収納された金属の巣が提げられていた。

 ド・アッホーが言った。

「タコ娘のレスラーを地下プロレスに引きずり込む手間が省けた、最初は闇プロレスで使うつもりだったが……こうして、コレクション部屋にいる姿を見ると、タコ娘をコレクションしてみたくなった」

 ド・アッホーの、おぞましい言葉。

 ド・アッホーの言葉に続いて、美鬼アリアンロードの高笑いがコレクション部屋に響く。

《きょほほほほっ、血球人というのは、どこまでも最低ですわね》


 リズムとゴキブリ少女から距離を開けた、コレクション部屋の奥のケースの後ろから、額縁のような通信モニターを持ったテルミンが現れた。

 テルミンが持っている、バラの花飾り縁でピンク色のリボンが飾られた額縁式モニターの中には、美鬼アリアンロードの姿が映っている。

 一見すると遺影にも見える、遺影の中の美鬼がしゃべる。

《このような、狭い場所から失礼しますわ……ド・アッホー、一つだけお聞きしてもよろしいかしら》

「なんだ?」

《なぜ、わたくしをコレクションしないのですか? この美貌のわたくしを》

 アッホーが美鬼の、質問に吐き捨てるように返す。

「オレのコレクション範囲外だからだ……コレクターにも好みがある」

《きょほほほほっ!! そうですか……アリアンロード第四将『虫操りの飛羽 』やっちゃてください!》

 開いていた扉から、飛羽が操る昆虫たちが侵入してきて、部下が持っているメカ・モスキートの巣に襲いかかる。

 悲鳴を発して、床に落としたメカ・モスキートの巣ごと、群がる本物の昆虫たちが捕食粉砕していく。

 切り札のメカ・モスキートを失ったアッホーの顔色が蒼白する。


《きょほほほほっ、今までロボットの蚊がどこから現れるのか不明でしたわ……これで、タコ娘とゴキブリ少女の先輩後輩タッグチームも、思いっきり暴れられますわ……ラスト数分の逆転ファイトですわ! 試合開始》


 モニターの中の美鬼がゴングを鳴らすと、リズムとゴキブリ少女は、レオノーラとボルトーがコレクションされているケースに打撃攻撃する。

 パンチ! キック! エルボー! 頭突き! ヒップアタック!


 薄笑いを浮かべながら強固なコレクションケースに、攻撃を続けている女性プロレスラーを眺めるアッホーが言った。「ムダだ、そんなコトをいくらやってしても、オレのコレクションケースが傷つくコトは……!?」

 ダブル・ドロップキックが炸裂した時──ケースに亀裂が走りケースが砕け、レオノーラとボルトーが悪趣味のコレクションから解放された。

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