第20話・ド・アッホー!

 アッホーが地上にある屋敷の応接室に行くと、レオノーラが壁に額入りで飾られた、人骨の赤いガイコツのオブジェを眺め立っていた。

 キツネの尻尾のような後ろ髪を揺らしながら、振り向いたレオノーラにアッホーが言った。

「これは、これは、お噂は以前から聞いております、噂通りにお美しい……織羅家のご令嬢が、なぜ当屋敷に」

「ボクも黒い噂は聞いているよ、単刀直入に言う……拐ってきた女性たちはどこにいる?」

「なんのコトですか」

「とぼけないで」

 レオノーラが、大型の銘銃『レオン・バントライン』に手を伸ばす。


「最近、格闘力が高い女性ばかりが行方不明になる事件が続発している……惑星ユーフォリアで秘かに行われている闇プロレスの噂もある。

失踪した彼女たち全員が闇のプロレスに参加させるためだとは思えない……いったい何を企んでいるの」

 太モモのレッグホルスターから、黄金銃レオン・バントラインを引き抜いて構えるレオノーラ。

 その表情は、バクの無法者の表情だ。

「五つ数えるまでに答えないと撃つよ、一つ……二つ……」

 三つ目を数えようとしたレオノーラは、体に異様な重さを感じて床に膝をつく。

(ぐっ……重力場発生装置!?)

 レオノーラの全身を襲う、通常を越えた重力波──それでも、立ち上がってレオン・バントラインの銃口をド・アッホーに向けたレオノーラを包むように天井から長方形のクリスタルなケースが落ちてきた。

 まるで、展示ケースの中に入れられたフィギュア人形のようなレオノーラに、白いミストの生体樹脂が浴びせられ──長方形のケース中は真っ白になった。

 樹脂で固められていくレオノーラを眺める、アッホーの哄笑が室内に響く。

「あははははっ! なんと良き日だろう! 最高のレアコレクション、織羅・レオノーラが手に入った、あはははっ!」


 しばらく応接室で笑い続けて、笑い疲れたアッホーが呟いた。

「さてと、あのゴキブリ娘レスラーに強化手術をして、地下プロレスで使えるように変えるか……本来なら能力が高い、軟体生物娘の方を試合で再起不能にして『強くしてやるから』と、地下社会に引っ張り込む計画だったが……ゴキブリで我慢するか」

 アッホーは地下の処置室へと向かった。

 処置室には、黒づくめの部下たちの手で傷の手当てをされて壁際に立つ、ゴキブリ仮面少女の姿があった。

 その目は、まだ洗脳が解けていない。ゴキブリ仮面少女の隣には肉食獣耳少女ボクサーも、同じように傷の手当てをされて洗脳された目で立っている。


 ド・アッホーは部下から銃型の注射器を受け取ると、ゴキブリ仮面少女の仮面を剥いで素顔を露出させた。

 数十分前の試合で受けた傷が、消えかかっている少女の頬を撫でるド・アッホー。

「さすが、虫けら……傷の治りが早いな……もっと強くしてやるからな」 

 ド・アッホーは、少女の首筋に銃型の注射器をあてがうと、プシュと薬物を少女に注入する。

 遺伝子活性化薬を注入された少女の体がガクガクと震え、先祖がえりの変貌がはじまった。

「あぁあぁぁぁ」

 少女の顔半分──額から頬、唇の近くまでが、虫の顔に変わり。太く湾曲した角のような触角が伸びる。

 キチン質の昆虫の外皮が間隔を空けて、殻の断片のような感じで少女の体を覆い、腹部が段に分かれた光沢があるゴキブリ腹に変わる。

 手足に虫のトゲ、指先が尖り、背中にゴキブリの羽を生やしたヒューマンとゴキブリが融合したような姿に少女は変わった。

 アッホーは、ハサミ状の虫の大顎が片方の唇の端から突き出して蠢いている、顔を見て残念そうな表情をする。

「完全な先祖がえりには至らなかったか、不完全な変態だな」

 そう呟いて、アッホーは処置室を出ていた。


 小一時間後──ド・アッホーの屋敷の応接室に立って壁に飾られた赤いドクロのオブジェを眺めている、飛天ナユタがいた。

「やっぱり、このドクロが怪しいな」

 銀牙系の中には監視システムに察知されない体質の者も存在する、ナユタもその一人だ。

 姿を捉えていないはずの監視カメラのレンズに手を振ったナユタは、足下の影に沈んで地下へと移動した。


 地下には、長方形のケースが並列する奇妙な場所があった。ライトアップされた生体樹脂が詰まったケース中には女性たちが、琥珀の中に閉じ込められた昆虫のように入っていた。

「悪趣味なコレクションだな」

 コレクションされた女性たちを見て歩いていたナユタの足が、あるケースの前で止まる。

 そのコレクションケースの中には、レオン・バントラインを構え立つ織羅・レオノーラがコレクションされていた。

 特に驚いた様子もなく、話しかけるナユタ。

「レオノーラ……固まってしまったな、生体樹脂で生命維持はされているから、このままにしておいても大丈夫だな」

 レオノーラの隣のケースには、ハンマーでケースを内側から割ろうとしているポーズで固められた、炎将ボルトーの姿があった。

 ボルトー愛用の金属パンチとピースサインが付いた、長柄の打撃系武具はケースの側面にフィギュア人形の付属品のように留められている。


 ナユタは少し離れたケースの前で、自分と同じようにコレクションされた女性を眺めている、シルクハットの人物に気づいて近づく。

 怪盗の格好をした人物は、近づいてきたナユタを見て普通に笑みを浮かべて言った。

「奇遇だね、こんな場所で会うなんて」

 アリアンロード第十三将『次元怪盗・テルミン』は、片眼鏡の縁を軽く押さえる。

 テルミンもナユタと同じように、監視システムをスリ抜ける能力がある。

 テルミンが見ていたケースの中には、チャイナ服姿で、体に手術痕が走る人造美女が閉じ込められていた。

 人造美女の両手の平にある親指元の丘から.剣のように刃物が突き出ていて、ケースを内側から割ろうとしているポーズで美女は固められていた──人造美女は、アリアンロード第七将『医術師カダ』の看護師助手『 蝉々ミンミン』だった。

 ナユタがミンミンを見てテルミンに言った。

「探していたのか」

「カダに頼まれてね……君はこれからどうするつもりだ? 織羅家のおせっかい娘をコレクションケースの中から救出するのかい……君の返答次第では、ここで一戦交えるコトにもなる」

 どうやら、テルミンは美鬼から、なんらかの指示を受けて行動しているらしかった。

 テルミンの顔を眺めていたナユタが、軽く頭を掻く。

「次元怪盗と一戦を交えるつもりはない、おそらく美鬼・アリアンロードとオレが考えているコトは同じだろう」

 そう言うとナユタは影移動をして、影から引っ張り出した棒状の金属武具で、レオノーラとボルトーが閉じ込められているケースを軽打した。

 軽く叩いただけなのに、ケースに亀裂が走り、すぐに自己再生で亀裂はふさがった。


 テルミンが言った。

「軽い打撃のように見えて、超高速で数十発、同じ場所を打撃しているな……再生しても目には見えないけれど、再生限界を越えた亀裂が残っている……次に衝撃を与えればケースは砕ける」

「この二人が復活すれば、他の女性たちも救出してくれる……すでに動き出しているんだろう? その人物が屋敷に侵入しやすくするために、監視システムの機能を狂わせておくのが、君が美鬼アリアンロードから受けた指示なんだろう」

「すべて、お見通しというコトか……すでに屋敷の監視システムは無力化してある、ネコの子一匹入り込むコトも可能だ」

 ナユタとテルミンは、コレクションケースにそれ以上のコトはしないで立ち去った──後のコトはすでに屋敷に侵入している者に託して。

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