第19話・コレクション

 炎将ボルトーは、アッホーを手にした打撃武具のピースサインの方で、指差しながら話し続ける。

「失踪した女性は、すべて戦闘力が高い女性たち……監視システムとか、場合によっては人工衛星を利用した、惑星測位システム の〔GPS〕にも感知されない何か特別な方法でも使わない限りは証拠が残るはず。

一筋縄でいかない彼女たちに、通常では太刀打ちできるはずもない……どんな方法を使ったのか、白状しなさい」

 アッホーは答えずに、不敵な笑みを浮かべている。

 打撃系武具を構える、炎将ボルトー。

「答えないなら、力押しで白状させるのみ」


 ボルトーは、失踪した女性リストの中に敬愛する、歌う女宇宙海賊『キャプテン・朱雀四代目』が含まれているのが許せなかった。

 惑星ユーフォリアで、ド・アッホーが事件に関与をしている、という確信はボルトーにはあった。

 たまたま、プロレス興行テントに入っていくド・アッホーの後ろ姿を見つけて、問い詰めるためにボルトーも後を追ってテントに入った。


 炎将ボルトーが、アッホーに問う。

「さあ、痛い目をみたく無かったら。知っているコトを全部白状した方がいいよ」

 小首を傾げたアッホーは余裕を持った笑みを浮かべながら、ボルトーの首筋を眺めている。

 その不自然な余裕に、違和感を覚えたボルトーは首筋に何かが蠢く気配を感じて、空いていた手で首筋をピシャと叩く。

 叩いた手の中に、人工的な銀色の昆虫ロボットが潰れていた。

 潰れたメカ・モスキートの針先には少量の血の跡──ふらつく、ボルトー。

 気がつかない間に、ボルトーは精巧なメカ・モスキートから、薬物を体内に注入されていた。

 遠退いていく意識。

「何を……わたしの体に……入れた……の」

 そのまま、地面に倒れて動かなくなった炎将ボルトーを見下ろして、唇の両端を上昇させたアッホーが呟く。

「思いがけなく、レアなコレクションが手に入った」

 怯えているゴキブリ仮面少女、露出した片方の肩には飛んできた金属の甲虫がとまっている。

 アッホーは、ロボット昆虫から発せられるジャミング電波を使って、監視システムやGPSシステムを無力化して犯罪を重ねていた。

 アッホーがゴキブリ仮面少女に言った。

「一緒に来い……逃げたらどうなるか、わかっているな」


 どこからか、ド・アッホーの部下で黒い覆面をかぶり、全身黒タイツ姿の血球人男性数名が現れ。テント内に入ってきたレトロなトラックの幌荷台に意識を失ったボルトーの体を手際よく、死体袋に詰めて乗せた。

 アッホーはゴキブリ仮面少女に、レトロなトラックの幌荷台に乗るコトを強要して、自分はトラックの助手席に乗って

ゴキブリ仮面少女とボルトーを連れ去った。



 織羅・レオノーラが美鬼・アリアンロードから目安箱依頼を受けて、極楽号で惑星ユーフォリアに到着してから小一時間後──ユーフォリアに降り立ったレオノーラは、西部劇風な町の酒場の通りを挟んだ向かい側の宿屋の二階部屋にいた。

 部屋のシャワーを浴びて、バスタオル一枚を体に巻いた姿で粗末なベットに寝っ転がったレオノーラは、天井に開いている光弾の銃痕を眺める。

(懐かしい……故郷の『虫食い惑星』を思い出す)

 上体を起こして膝を曲げて座ったレオノーラは、いつもデニムの片方から露出している側の脚に、日焼け止めも含まれた防光弾クリームを塗って保護する。

 防光弾はクリーム状のモノとスプレー状のモノの二種類があり、レオノーラは使い分けている。

 肌の露出した箇所を防光弾しておけば衝撃にも耐えられる。

 首筋に防光弾クリームを塗りながら、レオノーラは近くのテーブルの上に外して置いた『ガンアーマー』の手の甲から、引っ張り出した透き通る通信小型モニターを通して極楽号に居る、アラバキ夜左衛門と会話をする。

《レオノーラさま、そろそろ降り立った惑星上での位置を極楽号から把握できる、GPSシステムのスイッチを入れてください》

「なんか、アレって上から監視され続けているみたいで嫌い……衛星から行動を追わないで、今回は自由にやらせて」

《そうですか、わかりました……何かありましたら、極楽号へすぐに連絡してください……即対応しますから、ご安全に》


 通信を終了したレオノーラは着衣すると、ガンアーマーやレッグホルスターを装着して、いつものバグ・ガンファイターのスタイルになった。

「さてと……」

 緩衝機能付きのガンアーマーに内蔵された機能から、惑星ユーフォリアの地図を選択して自分がいる町から少し離れた。ド・アッホーの屋敷の位置を検索する。

 ド・アッホーの屋敷がある場所は、ジャミングされていて不鮮明になっている。

「やっぱり黒い噂の通りに、何か隠蔽いんぺいするような、やましいコトをやっているのか……それとも」

 レオノーラは、美鬼から行方不明になったゴキブリ仮面少女と炎将ボルトーを探して欲しいと頼まれた。

「行方不明になった女性たちが、どうなっているのか……わからない以上、ここは美鬼が言う通り、一か八かボクが餌になって乗り込むしかなさそうだね」

 何が目的で、ド・アッホーは女性たちを……それも戦闘力が高い者たちばかりを集めているのか、この時のレオノーラにはわからなかった。

(地下プロレスでファイター闘わせるため? それとも、クローンとか洗脳して生体兵器に? ここで、アレコレ考えて、ジーっとしていてもしかたがないね)

 レオノーラは、ド・アッホーの屋敷に向かった。



 惑星ユーフォリアの地下プロレス会場──マットに血痕が残る、おぞましい場所。鉄柱にはトゲが突き出ていて、ロープの一部には有刺鉄線のような金具が取り付けられている。

 富裕層の少数観客の娯楽のためだけに開催される、残虐な闇のプロレス賭け試合。

 試合時には観客は安全な場所から、試合観戦をしている。

 今、リング上ではゴキブリ仮面少女と、ボクサー少女の陰惨な試合が行われていた。

「があぁぁぁ!」

 ドロップキックで弾き飛ばされ、鉄柱のトゲに背中を貫かれた、肉食獣耳ボクサー少女が苦痛に絶叫する。

 ボクサー少女が装着しているグロブは、金属製で鋭い突起が付いていた。

 ゴキブリ仮面少女の腹部と顔には、突起グロブで殴られた傷があった。

 自我が無い目で、戦意を喪失した肉食獣耳に近づいたゴキブリ仮面少女は、唇の端から血を流しているボクサー少女の髪をつかんで顔を上げさせると、連続して頭突きをして腹部を蹴る。

 吐血する肉食獣耳少女。

「がはっ、も、もう許して……どうして、闘わないといけないの」

 自我がもどったボクサー少女の哀願を無視して、拳で顔面を殴ろうとしていたゴキブリ少女の目から涙が溢れる。

「あぁあぁぁ」

 リング上で二人の格闘少女は、恐怖と自責で泣き叫びゴキブリ仮面少女は振り上げていた拳の腕をダランと下げると、リングで泣き崩れた。

 鳴り響くゴングの中、ド・アッホーの舌打ち声が響く。

「チッ、つまらねぇ試合しやがって……使えねぇ、本番までに肉体強化と、洗脳強化をしないとダメか」


 アッホーのところにやって来た、黒覆面の全身タイツ部下がアッホーに耳打ちする。

「なに? 織羅・レオノーラが一人で屋敷に来て応接室で待っている? それはそれは、レアなコレクションの方から来てくれた」

 ド・アッホーが歩きながら、後方からついてくる黒づくめの部下に威圧的な態度で質問する。

「支給している、裏切り防止のカプセル剤は、毎日ちゃんと服用しているか?」

「はい、言われた通りに数時間に一回服用しています」

「忘れるなよ……オレを裏切ったら、体が溶けて、苦しみながら死ぬからな」

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