第6話・虫喰い惑星の山賊料理店・第六章ラスト

 アリアは壁に縄で結わえられていた果物を、二個縄からほどくと一つを豪烈の方に放り投げて、豪烈が干し果物をキャッチする。

 乾燥させて甘味が増した果物をかじりながら、アリアが言った。

「おまえ、親父の料理食べたコトあるのか?」

「いいや、だが記事を読むと味の想像はできる、美味い料理だろうな……本当にレシピは残っていないのか?」

 果物をかじるアリアの動きが一瞬止まる。

「レシピは……ないな、親父は誰にも自分の味を残す気はなかったみたいだから、味を伝えた弟子もいない」

「そうか、残念だな」


 その日の深夜──アリアは一人、樹上のキッチンで誰にも気づかれないように煮込み料理を作っていた。

 木のスプーンで味見をしたアリアが呟く。

「ちがう……この味じゃない」

 キッチンの入り口の方から、豪烈の声が聞こえてきた。

「やっぱり、レシピは残っていたんだな」

 アリアは、木の器に注いだ料理を豪烈の方に差し出す。

「味見してみろ」

 一口すすってから、豪烈が言った。

「美味いけれど、イメージしていた味とはどこか違う……なにか足りない気がする」

「やっぱり、実際に食べたコトがなくても……そこのところはわかるか」

 アリアは木製椅子の、背もたれに体の前面を向けて椅子をまたいだ格好で座ると、軽いタメ息をもらした。

 豪烈がアリアに質問する。

「料理のレシピは、どうして残っていたんだ?」

「親父のレシピ帳を、ちょくちょく盗み見して覚えた……新しいレシピ帳も作って書き写してある──食材の方は、親父の料理と同じモノを揃えられるが。三つだけ集められない調味料がある……それが、親父の味を作り出す決め手だ」

「その三つの調味料ってなんだ?」


 アリアは指を三本立てて言った。

「一つ目は、スパイダー・モンキーが住む木の上空を流れる霧がスパイダー・モンキーが張った糸に付着して結晶化される【霧塩】……二つ目は、スパイダー・モンキーの住んでいる区域の木の穴にだけ巣を作る、胡椒蜂こと『ペッパー・ビー』の巣で生成される【蜂コショウ】」

 アリアが三本目の指を折り曲げて言った。

「三つ目は、湖の底にいる、でかい二枚貝の中で作られる【砂糖真珠】……この三つ目の調味料も、水の中に潜って採ってこれるのは、スパイダー・モンキーだけだ。

大山猫に食べられた親父は、どんな方法かわからないけれど。スパイダー・モンキーを使って三つの調味料を必要な分だけ調達していた」

「つまり【霧塩】と【蜂コショウ】と【砂糖真珠】の三つがあれば、親父さんの山賊料理を再現できるんだな……じゃあ、早速」

 アリアは、椅子から立ち上がると、豪烈に背を向けて吐き捨てるような口調で言った。

「余計なお世話だ! あたいは、山賊の若頭だぞ、料理人じゃない! 朝食だけは部屋の前に用意しておいてやるから。それ食ったら、ここから出ていけ! 二度と顔を見せるな!」

 それ以上、アリアは豪烈に何も言わずに。豪烈は翌朝、山賊のツリーハウスから出ていった。


 山賊のアジトを出た豪烈は、その足で虫食い惑星の西部劇風の町に向かい、売りに出されていた店舗と住居が一緒になった、二階が宿泊可能な食べ物屋の物件を即金で購入すると。

 山賊アジトにもどってきた豪烈がアリアに言った。

「いい物件が売りに出されていたから、買ってきた。コレが店の所有権利書──丈夫な合金パネルにしてもらった……織羅家の名前を出したら、所有者の名前は空白にして後から彫って記入してもいいそうだ」

 肩を小刻みに震わせたアリアが、光弾ライフル銃の銃口を豪烈に向ける。

「なに勝手なお節介焼いているんだ! 誰もそんなコト頼んじゃいないだろう!」

「悪いな、こういう性分なのでな……とりあえず、物件見に行こうぜ。店が気に入らなかったら、オレの鼻を撃ち抜いて鼻の穴を三つにしてもいい」

 なぜか顔を赤らめたアリアは、銃口を豪烈から外す。

「こ、この野郎……その言葉忘れるなよ」


 豪烈が買った町の店に、一緒に入ったアリアは興味深そうに店のあちらこちらを、豪烈より先に歩き見て回る。

 豪烈が言った。

「どうだ、厨房もなかなかの設備だろう……この広さなら、椅子やテーブルも十分な数が置ける」

「まあなっ」

 きれいな天井を見上げながら呟くアリア。

「でも、親父の山賊料理をメインメニューにした食い物屋はできそうにないな……三つの調味料が手に入らない限り、この店は売っ払って金に代える」

 

 豪烈が言った。

「アリア、本当は多くの人に親父さんの料理を食べてもらいたいと、内心は思っているんじゃないのか? おまえの作った朝食美味かったぞ」

 少し苦笑する山賊の娘アリア。

「豪烈、おまえ不思議なヤツだな……まるで、心の中を見透かされているようだ……三日間だ」

「んっ?」

「三日間のうちに三つの調味料【霧塩】【蜂コショウ】【砂糖真珠】を集められたら、山賊稼業を廃業して、この店の店主になってやってもいい……スパイダー・モンキーの力を借りて集められたらな」

「その約束忘れるなよ、アリアが希望した時に、 必ずスパイダー・モンキーが必要な分の調味料を調達できるようにしてやる……有言実行だ! うりゃあぁぁ!」

 店から走って出ていった豪烈の土ぼこりを見ながらアリアは、ポツリと。

「そんなコトできっこない……親父がどうやって、スパイダー・モンキーと心を通わせていたのか、わからないのに……三日で何ができる」

 そう、呟いた、


 三日後──ボロボロに傷ついた、豪烈がアリアがいる山賊ツリーハウスによじ登ってきて言った。

「へへへっ、約束通り調味料三種類、全部集めてきたぜ」

 アリアが、縄ばしごを降りると地面には、スパイダー・モンキーの糸に付着して結晶化した純正の【霧塩】

 極上のコショウが詰まった、両手で抱えるくらいの大きさの蜂の巣【蜂コショウ】

 三十センチほどのシャコ貝のような開いた貝の中で、丸く生成された真珠色の【砂糖真珠】が並べられていた。

 傷だらけの豪烈が言った。

「砂糖真珠の貝肉は、食べても美味いぜ」

「どうやって、スパイダー・モンキーと心を通わせたんだ?」

「こいつで、ボスザルと語った」

 そう言って豪烈は、握った拳を見せた。

「スパイダー・モンキーのボスザル、アリアの親父さんとアリアのコト知っていたみたいだぜ」

「サルと喋ったのか?」

「喋らなくても、わかるさ……おまえの親父さんも、先代のボスザルと拳で語って調味料を調達していた。

今の若いボスザルも、アリアが希望したらいつでも、調味料を持ってきてくれる」

 豪烈に駆け寄ったアリアが、豪烈を抱き締めて体を寄せる。

「バカ……なんで、あたいのために、ここまでしてくれるんだよ……あんた本当に織羅家の大バカモンだよ」 

 豪烈もやさしく、盗賊の若頭を抱き締める。

「アリアが、親父さんの味を大切にしていると知っちまったからな……単なるお節介だ」

「あんたみたいな、妙な男初めてだよ……店、やってもいいよ」

 顔を上げたアリアが両目をつぶる、豪烈の唇が接近してアリアの唇に触れる。

 その瞬間、茂みの中から両手に枝葉を持った山賊の男たちや、指の間から豪烈とアリアのキスシーンを覗き見ているスパイダー・モンキーたちが現れた。

 キスをしながら横目で、茂みの中からニヤニヤしながらこちらを見ている、山賊仲間やスパイダー・モンキーたちに真っ赤になったアリアは両目を見開き、慌てて豪烈から離れて怒鳴った。

「お、お、おまえら、いつからそこにいた! 今日で山賊は廃業だ! 集めたお宝、おまえたちで分配して、好きなところへ行け!!

山賊解散だ!! ついでに、ここで見たコトは全部忘れろ!!!」



 数日後──豪烈とアリアは、町の大通りで豪烈が買ってアリアにプレゼントをした、宿泊もできる飲食店の前に並び立って店を眺めていた。

 山賊の男たちやスパイダー・モンキーたちが協力して、店の壁や屋根の改装をおこなっていた。

 アリアの山賊仲間たちが、店名の看板を入り口の上に設置する。

 看板には『野良猫亭』と書かれている、豪烈がアリアに訊ねる。


「どうして店の名前が野良猫なんだ?」

「あたいには、野良猫がちょうどいい……まさか、豪烈と出会って数日間で、山賊辞めて店をやるコトになるなんて……想像もしていなかった」

 アリアは豪烈の手をギュッと握りながら言った。

「豪烈に伝えたいコトがある」

「なんだ?」

「ここじゃダメだ……もう少し人の目が無い場所で」

 豪烈とアリアは店の二階にある屋根裏部屋に移動する。窓の外に誰もいないのを確認した豪烈は窓のカーテンを閉めた。

「ここなら、誰にも聞かれる心配はない……伝えたいコトってなんだ」

 アリアが自分の下腹部を擦りながら言った。

「受胎した……女の子だ、豪烈とあたいの子だ」

「受精したコトや、子供の性別までわかるのか、すげぇな」

 アリアの表情が少し沈み陰る、アリアが重苦しい口調で言った。


「残念だけれど、この子を生むことはできない……伝えたけれど、忘れてくれ」

「どうしてだ?」

 屋根裏部屋に置いてあった、木製ベットの縁に座り。

 下を向いて、辛そうに唇を噛んでからアリアが言った。

「あたいの種族は女児の生存率が、二人に一人しか生き残れない……要因が風土病なのか、遺伝的なものなのかわからないけれど──あと数年すれば、原因が解明されて生存率も上がるだろうけれど……今は、女児は生まれてから数年で二分の一の確率で生きるか死ぬかが決まる。豪烈に悲しい思いをさせたくない」

 重苦しい雰囲気が屋根裏部屋を包む、しばらくして豪烈が言った。


「怒らないで聞いてくれ……オレが通っている大学惑星には、受精卵を分裂させて二個にする生殖医療技術がある。人為的な一卵性双生児を誕生させる技術だ」

「人為的な一卵性双生児? まさか、お腹の子を双子に!?」

 うなづく豪烈。

「生存率が半分なら、二人生めば、どちらかが生き残る確率が高くなる……オレも、この方法はムリにとは言わない」

 しばらく、うつ向いて考えていたアリアが顔を上げる。

「やるよ、医療処置を受ける。生まれてきた子に二人分の愛情を注ぐ……処置をするなら早い方がいい、あたいの種族は受胎してから五ヶ月で出産する」


 アリアは、受精卵分裂処置を受けて受精卵を双子にして……五ヶ月後、虫食い惑星の病院で双子の女児を出産した。

 冒険に向かう途中に、アリアの出産を聞いて【虫喰い惑星】にもどってきた豪烈は。

 病室でアリアの近くに置かれたベビーバスケットの中に入った、青い髪の乳児と赤い髪の乳児を微笑み眺める。

「がんばったな、アリア」

 手を握る豪烈の言葉に、笑みを浮かべて、うなづくアリア。

「名前はどうする?」

「豪烈が名づけて、二人の名前を」

「一人だったら美鬼って名前を考えていたけれど二人となると……アリアが名づけてくれ」

「じゃあ、青い髪の子が姉の【セレナーデ】……赤い髪の子が妹の【レオノーラ】で」

「セレナーデとレオノーラか……いい名だ、よろしくな。セレナーデ、レオノーラ」

 我が子を眺めるアリアの瞳に優しさの中に、母親の強さが見えた。

「二人とも無事に育ててみせる、どちらも死なせはしない」

 病室を出ていこうとする豪烈にアリアが言った。

「行くのか、次の冒険に?」

「あぁ、ペラペラな厚みがない『二次元人間の星』へ行って、その次は『機械生命体の星』にでも行こうと思う」

「そっか、気をつけてな元気でな」

「アリアもな、たまに子供の顔を見に立ち寄るから……じゃあな」

 そう言って、織羅豪烈は新たな冒険に旅立って行った。



【銀牙アポリア大学の好漢】~おわり~

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