第七章【惑星トーラス】と『ゼブラ砲』

第7話・銀牙プロレス

 小惑星帯の岩石惑星を加工して造られた格闘技の聖地【ドーム】は、声援と熱気に包まれていた──織羅家のウェルウィッチアと、アリアンロード家の美鬼アリアンロードが主催者となって、開催されたチャリティーブロレス興業の試合会場。

 試合開始前に、美鬼アリアンロードのリングパフォーマンス。

「きょほほほ……金の札の雨を降らせますわ! 観客のみなさんへのプレゼントですわ……きょほほほ」

 リング上に金色の札が舞い、札を拾う観客がリングに殺到した。


 織羅家側は。

 ウェルウィッチアと、ネオ・サルパ帝国のザガネ総帥のペア。

 セコンドは、格闘少女の穗奈子クローネ十三号。

 

 アリアンロード側は。

 謎の覆面女性レスラーとアリアンロード第十二将・黄昏色のセグのペア。

 セコンドは、アリアンロード第十一将・スターダストプリンセスの計都。


 リングから場外に逃れた黄昏色のセグが、リング上で「上がってこい」のジェスチャーをしているウェルウィッチアに向かって「ムリです」のジェスチャーを返す。

「もう許してください! 交渉専門のわたしがプロレスなんて最初からムリです!」

 セグの口の中から、同居しているタイノエのような嫁と嫁の父母の声が、セグの言葉に混じって聞こえてきた。


「ちょっとだけ、格闘技好きなだけ……モグモグ《ダーリンがんばって、かかってこいや女!》……で、技の知識が……モグモグ《婿のセグくんには悪いが、わたしは女子プロレスラーのウェルウィッチアさんの大ファンなので、思いきってスペシャル技をセグくんに》……多少ある程度の素人でプロレスなんて……モグモグ《お父さん、なんてコトを言うんですか。ごめんなさいねセグさん、気を悪くしないでね、ギブアップしてもいいのよ》……ムリですぅ! モグモグ《ダーリン、ケガだけに気をつけてがんばれ! 男なら勝って賞金ゲットしろ、かかってこい! おらぁ》」

 

 リング上では、ザガネが謎の覆面少女レスラーを、キャメルクラッチで責めていた。

 リングマットにうつ伏せになった、少女レスラーの背中にまたがったザガネが、少女の顎に両手をかけて少女の体を反らせる。

「どうだ、ギブアップし……うわぁ? いっ!?」

 覆面レスラー少女の背中が、信じられない角度にまで反り返る。

 覆面から覗く目や口は、苦痛どころか恍惚とした表情が浮かんでいた。

「うへぇ……気持ちいい……もっと、もっと」

 ついにはザガネは、キャメルクラッチから少女の両腕を後方に引っ張って、体を背中側に折りたためるまで曲げた。

 背骨が折れる角度まで曲げられても、少女は平然としていて……むしろ、性的興奮さえ示している。

「あはぁ……気持ちいぃよぅ……ぎもぢいぃぃ」

 色っぽい覆面女の吐息に焦るザガネ。

「なんだぁ!? こいつ軟体種族かぁ」


 コーナーポストでは、鉄柱に足をかけて人差し指で天井を指差したウェルウィッチアに、客席から大声援の「スペシャル♪ スペシャル♪」の合唱と手拍子が沸き起こる。

 セコンドの穗奈子から、放り渡されたマイクをキャッチーしたウェルウィッチアが、観客に向かってアピールする。

「スペシャルいくぞぅ!」

 コーナーポストに座り、両指を肉食獣が獲物を狙うようなポーズに曲げた、ウェルウィッチアがリング外のセグに向かって翔ぶ。

「ケダモノアタック!」

「げほっ!」

 ウェルウィッチアの攻撃で、意識を失う黄昏色のセグ……気絶したセグの口の中から嫁の父親の声で。

「モグモグ……《いやぁ、間近でウェルウィッチアのスペシャル技が観れて良かった…これからも応援して、グッズ買いますよ》モグモグ……《ダーリンのバカァ! 賞金期待していたのにぃ、再戦だぁ》」の声が聞こえた。


 リング上では、いつの間にかザガネが、覆面美少女レスラーのオクトパス・ホールド〔卍固め〕に絡みつかれていた。

 美少女の手足は、通常では曲がらない方向にまで曲がり、ザガネの動きを封じている。

 それは、まるでタコにザガネが捕らえられているようだった。

「ぐはっ……う、動けない!?」

 ホールドされているザガネに向かって、コーナーポストのトップロープから、ウェルウィッチアが翔ぶ。

 気分が高揚している今のウェルウィッチアには、敵味方は関係なくプロレス技のパフォーマンスで目立ちたいだけだった。

 ウェルウィッチアが、オクトパス・ホールドされているザガネを目掛けて翔ぶ。 

 ウェルウィッチアの肢体は、軟体覆面少女とザガネに重なる形になり。一番下になったザガネの口から呻き声が漏れる。

「ぐぇ……ギッ、ギブアップ」

 ゴングが鳴り響き、アリアンロード側の勝利が告げられる。

 美鬼アリアンロードの高笑いが会場に響いた。

「きょほほほほ……勝利の札雨を降らせますわ」

 試合会場に、再び黄金の紙幣が舞った。


 リング上に舞い散る黄金札の中で。

 ウェルウィッチアは、控え室に引き上げていくザガネの後ろ姿と。

 ゴングを叩く木槌を、譲ってくれるように交渉している赤い髪の女を見た。


試合終了後──アリアンロード側の選手控え室に、エントロピーヤン、ゲシュタルトン、アズラエルの三将を引き連れた、美鬼アリアンロードがやって来た。

 控え室の中には、パイプ椅子にちょこんと座った、謎の覆面美少女レスラーがいた。


 セグは医務室のベットの上で控え室にはいない。

 美鬼が言った。

「きょほほほほ、いい試合でしたわ……お疲れさまですわ」

 覆面美少女が立ち上がって言った。

「あのぅ……見てもらいたいものがあるんですけれど」

 覆面を脱ぐと、目と口元だけでも美少女だと、判別できていた美少女の素顔が現れる。

「きょほほ、見てもらいたいのは、その整った顔立ち?」

「いいえ、違います」

 覆面美少女のリング衣裳が変形して、紺色のスクール水着のような地味な格好に変わる。

 胸には銀牙辺境文字で『リズム』と書かれた、白い布のようなモノが付いていた。

 美鬼が言った。

「見てもらいたいのは、その紺色の水着?」

「いいえ、これも違います」

 少女の首から下が、タコ型生物の触手が並んだ体に変わる。

 美少女の首から下に並んだ数本の吸盤触手線の姿を見て、美鬼が言った。

「ミミック種族でしたか……さまざまな姿に擬態するという」

「はい、ヒューマン型異星人と接するときは、ヒューマン型の顔に擬態しています……お願いがあって、こんな形をとらせていただきました。美鬼アリアンロードに直接お願いしたかったので」

「きょほ……確かあなたは、チャリティプロレス試合のアリアンロード側のペアを決める一般公募から、勝ち上がってきた謎の覆面女子レスラーでしたわね……登録リングネームも『謎の覆面女性レスラー・ミステリアスタコ壺』で……本名はなんです?」

「あたしの名前……は」

 少女は少し間を開けてから、自分の名前を美鬼に告げた。

「リズムです、アルゴ・リズム」 


「それでリズム、あたしへのお願いとは」

 リズムが真剣な顔で言った。

「お願いです! あたしの故郷【惑星トーラス】を助けてください! 新サルパ帝国の侵略からトーラスを守ってください! もうすぐしたら、惑星トーラスにも侵攻が開始されます」

 リズムの話しだと、新サルパ帝国が、惑星トーラスがあるカラビ・ヤウ星域の【惑星カラビ・ヤウ】に、なぜか侵攻を開始したという。

 美鬼の、額の左右にある半球型の目がグルグル回る。

「あんな資源も何もない、カラビ・ヤウ多様体の星に侵攻する理由がわかりませんわね? エントロピーヤン、惑星カラビ・ヤウを新サルパ帝国が侵攻する理由がわかりますか?」

 カエル顔で頭にチョンマゲを結った、裃〔かみしも〕と袴〔はかま〕姿の、悪商エントロピーヤンが答える。

「まったく理解不能でゲロス……あんな、ラプトル種恐竜種族しかいない、変な形をした星に利用価値はないでゲロス」

「きょほほほほ、アズラエルはどう見ます? 新サルパ帝国の行動を」

 ギリシャ神話風の服装をして、背中から結晶植物の翼を生やした美神アズラエルが言った。

「暗殺者の立場から見ても、あまり意味がある侵攻とも思えません……前線基地にするにしても、あの星の形は複雑すぎます」

 乾いたミイラのような容姿の軍人ゲシュタルトンが、美鬼に耳打ちする。

「惑星カラビ・ヤウでは、新サルパ帝国と織羅レオノーラが交戦中です」


 うなづいた美鬼は、再度リズムに訊ねる。

「あなたの、惑星トーラスに新サルパ帝国が侵攻をしてくる根拠は?」

「トーラスの、百年予言石碑に彫られていました」

「百年予言石碑?」

「百年ごとに、トーラスの僧正が神託を受けて岩に刻む短文です。

あたしの家系は代々、トーラスの僧正家系で父も僧正をやっています。その父が今年トランス状態で踊りながら岩に彫った短文が『新サルパ帝国が最初、惑星カラビ・ヤウを勘違いで攻める、その次に勘違いに気づいて惑星トーラスに攻めてくる……きょほほほほと笑う巨乳の性悪女に助けを求めよ』と、いうものでした……お願いです、惑星トーラスを新サルパ帝国から救ってください」

「きょほっ……いくら予言に示されていても、侵攻前の星に出向くというのは……予言が外れたらムダ足になってしまいますわ」


 リズムがポツリと呟く。

「予言石碑の文字は……バルトアンデルス文字で彫られています」

 美鬼の目が輝く、美鬼アリアンロードは、バルトアンデルス文明の熱心な支持者だ。

 美鬼がゲシュタルトンに指示する。

「きょほほほほっ、ゲシュタルトン! ナラカ号で惑星トーラスに向かいますわ、困っている人を見捨ててはおけませんわ!」

 美鬼アリアンロードはナラカ号で、惑星トーラスに向かった。

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