第4話・ヘビ星のロミオとジュリエット
殴られた頬の腫れも引いた豪烈は、屋敷内をウロウロと見て回っていた。
ふっと、バラ園の方にヘビの尻尾を揺らしながら移動していく、ヴィーヴルの後ろ姿を発見する。
周囲を気にするようにキョロキョロしながら、開花時期前のバラ園の方に進む、ヴィーヴルを不審に思った豪烈は、こっそりと後をつける。
ヴィーヴルはバラの枝トンネルを抜けて、ガゼボがある小さな庭にやってくると笛を鳴らした。
茂みに隠れて見ている豪烈が呟く。
「ヘビ笛か……吹くとヘビが寄ってくるという」
ヴィーヴルの前方の茂みが揺れて、二枚目のラミア種男性が姿を現す。ヴィーヴルは、憂いた表情でラミアの男性に近づくとヘビの尻尾を絡めながら抱擁した。
「ああ……オロチさま……」
「ヴィーヴル……」
体を寄せているヴィーヴルが、オロチに言った。
「もう、危険なコトはお止めください……家の者に見つかったら、オロチさまが酷い目に……次はわたくしがオロチさまの領地内に」
「ヴィーヴルが危険な目に会うくらいなら、わたしが手負いヘビになった方がいい」
「あぁ、オロチさま」
ガゼボの下で人目を忍ぶように会っている、ヴィーヴルとオロチ。
覗き見している豪烈の隣に、いつの間にか木の枝葉を両手に持ったティアマトが来ていて、豪烈と並んで覗いていた。
ティアマトが言った。
「ほらっ、どっちでもいいから押し倒せ……あぁ、もうじれったい」
屋敷で豪烈を介抱していた時とは雰囲気が異なるティアマトに、豪烈が訊ねる。
「ずいぶん、屋敷にいた時と雰囲気違うな」
「そりゃ、身内の前では猫かぶって上品なフリしているからね……あ、ヘビだから、かぶっているのは皮か……あぁ、我が妹ながら。毎回の進展がなさすぎて歯がゆい」
「いつも隠れて会っているのか、あの二人」
「まぁね、ねぇ相談だけど。あたしと二人で両家のいがみ合い終止させてみない……今まで、あたし一人だとムリだったけれど、豪烈みたいな男が現れるのを待っていた。このままだと妹が不憫で」
「そうだな……このままだと、両家のいがみ合いで好いているのに、引き裂かれる悲劇に発展するかも知れねぇな……そうなる前になんとかしてやらねぇと……両家がこんなになっちまった、原因はなんだい?」
「さあね、ただ領地の境にある変な形の境石が関係しているらしいって、聞いたコトはあるけれど」
そう言ってティアマトは肩をすくめた。
ルルルは市場に買い出しに訪れていた、オロチの家のメイド『ニャミニャミ』を見つけて声をかけた。
「ちょっと、聞きたいコトがあるのだが……オロチの家とヴィーヴルの家の、長年に渡るいがみ合いの原因について」
その言葉を聞いた途端、ニャミニャミは激しく動揺した。
「ああああ、あたし! なななな、何も! しししし、知りませんから!!」
慌てて蛇行して逃げ出したニャミニャミは、石につまづいて顔から転んだ。
「んぺっ」
数分後──喫茶店でルルルに紅茶と焼き菓子をおごられて、上機嫌のニャミニャミがいた。
「いやぁ、悪いですねぇ……会ったばかりの、見ず知らずの人から、お菓子までごちそうになっちゃって」
酔って顔が少し赤くなったニャミニャミは、紅茶をグイッと飲み干す。
「しかし、紅茶の中に蒸留酒を入れるなんて……こんな、おいしい飲み方があるなんて今まで知りませんでした。もう一杯紅茶おかわりしてもいいですか?」
「どうぞ、お好きなだけ」
運ばれてきた紅茶を飲みながら、ニャミニャミが言った。
「えーと、二つの家がいがみ合いの原因でしたね。いやぁ、ここだけの話しで、あまり大きな声では言えないんですけれどね」
声をひそめるニャミニャミ。
「仲が悪くなった原因作ったのは、うちの亡くなったおばあちゃんなんですよ……あたしは孫で、同じ名家で三代に渡ってメイドやっているんですがね」
「なるほど、なるほど」
「うちの、ばあちゃん……孫のあたしから言うのもなんですけれど、底意地が悪いイジワルババァです。メイド服着たイジワル娘が年とってイジワルババァになりました……そのイジワルババァが 酔った時に自慢気に身内にペラペラ喋っていましたよ」
「おばあさんは、どんな話しを? 持ち帰り用のお菓子いりますか?」
「いやぁ、あなたいい人ですねぇ。あたしの亡くなったババァ…もとい祖母とは大違い、底意地が悪かった祖母は両家で恋仲だった男女の、連絡役みたいなコトをやっていたみたいですよ。
領土境で二人が会う時には互いが約束した時刻を、祖母が伝えていたそうです」
焼き菓子を食べながら、ニャミニャミが言葉を続ける。
「ところが両家で、恋仲だった二人を引き裂く別の人との婚約話しが持ち上がって。
好きでもない人と結婚が勝手に決められてしまった両家の恋人同士は、カケオチする計画を立てて落ち合う約束をして。
祖母に約束した時刻と場所を伝えるようにお願いしました……ところがどっこい」
ニャミニャミは、ルルルの方に顔を近づけると、さらに小声になった。
「日頃から、連絡役の雑務に強い不満を抱いていた祖母は、わざと二人が会えないように画策して、さらに恋仲だった二人のあることないこと、悪い噂を町中に広めて両家を不仲にさせて……ゴニョゴニョ、いやぁ我が身内ながら。とんでもないババァですねぇ。今のは蛇足」
「なるほど、それが真相ですか……好きでもない者と結婚させられた悲劇の子孫が、今のオロチとヴィーヴルですか」
その日の夕刻──屋敷敷地内の納屋の中で、豪烈とティアマトはルルルの報告に耳を傾けていた。
「と、いうのがニャミニャミがペラペラ喋った真相です」
「そんな、くだらない原因から長年に渡っていがみ続けているのか」
ティアマトが、呆れたように麦ワラを口にくわえて言った。
「先祖の悲劇を、子孫に繰り返させてはいけない……ここらで、両家のいがみ合いを終止させないと。豪烈なにかいいアイデアはない?」
「おうっ、あるぜ……ちょっと耳貸せ、ゴニョゴニョ……と、いう作戦だ。明日の朝には町中の者がスコップを手にして境石に集まってくるぜ」
「おもしろそう、町中に豪烈が考えた噂を流せばいいのね」
ルルルが、納屋の中でペットとして飼われている大蛇に、半分ほど呑み込まれている、卵型執事の両足を引っ張りながら、ティアマトに質問する。
「ところで両家の境界の石って、どのくらいの大きさで、どんな形をしているんですか」
近くにあった木の枝を手にしたティアマトが、納屋の地面に描く。
「確か、こーんな形をしていて」
アーチ型の石の絵を描いてティアマトが言った。
「高さは十メートル以上の壁みたいな平らな岩、裏と表の両側で別々に待っていたら、横もそれなりの長さがあるから、 気づかないわね」
翌朝── 手にスコップやツルハシを持ったメドューサ種とラミア種の町の者たちが。
オロチの家とヴィーヴルの家の領地堺を示す、境石の周辺に群がり、地面のあちらこちらを掘り起こしていた。
騒ぎを聞きつけた、オロチの家とヴィーヴルの家の者たちが境石のところにやって来て、ゴールドラッシュのごとく穴が掘られている光景に呆然とする。
オロチ家と一緒に見に来たメイドのニャミニャミは、蒼白でオロオロしている。
境石の近くには、ティアマトと豪烈とルルルがいて。
歩き回っているティアマトと豪烈が、穴堀りをしている者たちに声をかけていた。
「ほら、がんばって掘って掘って……宝は見つけた者に、所有権が発生するんだからね」
「しっかり掘って探せば出てくるからな、海賊が隠したお宝が」
町の者たちの手には、堺石のところに×印が示された、宝の地図らしきモノがあった。
ヴィーヴルの家とオロチの家の当主が、顔を見合わせて同時に言った。
「「領地境に宝が隠されているなんて、一度も聞いたコト無いぞ」」
一人の男の叫ぶ声が聞こえた。
「あったぞうぅ! 宝箱だ!」
境石の反対側からも声が聞こえた。
「見つけた! 海賊の宝箱だ!」
両手で持てる程度のサイズで、長年埋まっていて土にまみれた、金属の小箱が二個並べられる。
小箱を取り囲む町の者たちの輪を押し退けて、オロチの家の者とヴィーヴルの家の者たちが掘り出された小箱に近づこうとする。
「どけっ、両家の境から出たモノは我が家のモノだ」
名家の者たちが小箱に触れる前に、好奇心に満ちた町の者たちの手で小箱のフタが開けられる。
箱の中には、真ん中から裂かれ、別々になった詩集らしきモノが入っていた。
これの二冊に裂かれた本はなんだ? と、首を傾げている者たちの間に割って入ってきたルルルが、裂かれた本を取り上げて言った。
「この本は、両家の悲劇を後世に伝える証しです。
その昔、愛し合いながらも引き裂かれてしまった恋人同士が、自分たちと同じ悲劇を子孫に繰り返させないために残した」
ルルルが裂かれた本を繋ぐと、そこに書かれていた文を読む。
「『たとえ、引き裂かれ逢えなくても互いの想いは永遠に』……『子や孫に自分たちと同じ悲しみは、二度とくり返させたくない』」
文字が書かれていたページには恋人同士が愛を誓い合った詩が載っていた。
ルルルが説明する。
「両家の強引な引き裂き結婚の前にカケオチをしようと、この堺石のところで待ち合わせを約束していた両家の男女は、ある者のふっとした悪意から。別々の時刻と場所を告げられ会うことはできませんでした」
堺石に近づいたルルルが白い絹の手袋をした手で、平らな石の表面を撫でながら言った。
「真相を見ていたのは、この堺石だけ……『石の両側で、別々の時刻に待ち合わせをさせられている恋人同士の悲劇』を見ていたのは、この巨石だけ」
いつの間にか、ニャミニャミはその場から姿を消していた。
ルルルの言葉は続く。
「好いていない相手と強引に結婚させられ、悪意のあった者から『互いが裏切られて、恨んでいる、家が決めた今の相手と一緒になって正解だった』とウソの噂を流されても、二人は何も言わずに死ぬまで耐え続けました……噂は『両家が憎み合っている』と、いう部分だけが強調されて残り」
集まっていた者の中からルルルに質問が出る。
「どうして、両家の恋人同士だった二人は真相を生きている時に言わなかったんだ? そうすれば、こんなにいがみ合いが続くコトは無かっただろうに」
「言えなかったんですよ……生まれた子供に『父は好いていない女と結婚させられた』『母は好いていない男と結婚した』なんて言えますか……だから分別がつく年齢まで成長した子供に託したんですよ、自分たちの死後に別々に埋めた詩集を子供たちに、密かに掘り起こしてもらうように」
空に朝虹がかかり、まるで二つの名家を繋いでいるようにも見えた。
「子供たちは父親と母親が埋めた詩集の場所がわからなくなって、見つけるコトができなかったのかも知れませんね」
ルルルは湾曲した虹ヘビを眺めた後に、オロチの家の者とヴィーヴルの家の者に向かって言った。
「どうですか、この機会に両家のいがみ合いをやめて和解して、愛し合う者たちが会うコトを認めてあげては……それが、先祖の望みだと思いませんか」
オロチの名家と、ヴィーヴルの名家は互いにうなずき、握手を交わす。
その光景に集まった町の者たちの中から拍手が自然発生して、オロチとヴィーヴルは顔を赤らめる。
微笑むルルルは、大蛇に食べられて潰れた殻で吐き出された元執事の残骸を回収しながら、辺りを見回して呟いた。
「あれ? 豪烈とティアマトはどこに?」
同時刻──町の安ホテルの二階の窓から、下の石畳みの道を歩いている豪烈に向かって、笑顔で手を振っているティアマトの姿があった。
「有精卵の子は、ちゃんと育てるから心配しなくていいからねぇ」
手を振り返す、織羅・豪烈。
「おうっ、子供の認知はしてやるからな……じゃあな」
そう言い残して、豪烈は次の冒険へと向かった。
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