第3話・臓物空間の囚われ美女
ログハウスの中には、薪ストーブの近くに一人の美女が椅子に座っていた。
北欧風惑星の民俗衣装を身にまとい、物静かな雰囲気をした長いスカートの成人美女は、ログハウスのドアを開けた豪烈を見て悲鳴を発する。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
慌ててドアを閉める豪烈。ドアの外で豪烈が言った。
「驚かせて悪かった、ここはいったいどこなのか聞きたかったもので」
美女が恐る恐る、ドアを開けて豪烈を怯えた目で見て言った。
「大きな声を出してすみません……急にドアを開けて顔を覗かせた来客なんて、はじめてだったもので。どうぞ中へ」
ログハウスの中に入った豪烈に、美女は奇妙なコトを言った。
「あなたが、座る場所だと思った場所に自由に座ってください」
豪烈は、木製の椅子に座る。美女が言った。
「あたし、どんな風に見えています?」
「オレと同じ、ヒューマン型の異星人美女に見えるが?」
「そうですか……あたしには、あなたが形容しがたい、おぞましい触手を生やした怪物の姿に見えています……それぞれが、異なった脳内イメージで相手を見ているのでしょう──この場所や外の空間に浮かぶ臓器も、あなたの種族がイメージしているモノ……本来の、あたしの姿はあなたが見ている姿と異なった容姿をしています」
「????」
美女は、ストーブの上のポットで温めていた飲み物を、木製のカップに注ぐと豪烈に前にある丸テーブルの上に置いた。
「どうぞ、おそらく味覚と液体と容器は、あなたがイメージしているモノになっているはずですから」
飲み物を飲みながら、豪烈は美女に訊ねる。
「ここはどこなんだ? 君は誰だ?」
「ここは【臓物空間】……あたしも難しいコトはよくわかりませんが、四次元以上の多次元空間らしいです──五次元とか六次元の。外に浮かんでいる臓物は、あたしの内臓です」
「???順を追って説明してくれ」
美女は憂いを含んだ表情で語りはじめた。
「遠い過去の話です……あたしは、ある惑星の住人で、その惑星で不治の病で死亡しました」
椅子から立ち上がった美女は、窓辺に立って脳髄の惑星を眺めながら言葉を続ける。
「あたしの死を悼んだ者たちの手で、体からは臓器を取り出され。
脳内データを電子媒体に移植保存されて埋葬されました……その時、あたしの死を悼むあまり。近親者の手による禁断復活の古代科学儀式が行われてしまいました。
臓器とあたしのデータは、この閉ざされた空間に転移させられ……臓器が勝手に増殖して惑星や衛星になりました」
美女が棚に置かれていた花瓶の花を、一本手にする。
「あなたが見ているあたしの姿は、残留データが生み出している単なるイメージで、実体はありません」
「それでいいのか、君は……この空間に閉じ込められたままでいいのか?」
「あたしの復活を願って、禁断科学に手を染めてしまった者たちを恨んではいません……あたしは、この空間から永遠に出られなくても。あたしの死を悼み愛してくれた人たちの作ってくれた、存在空間ですから……あなたはなぜ、ここに?」
豪烈は冒険の途中に、紛れ込んだと告げた。
「そうですか……」
「この空間から出るコトはできないのか?」
「脱出するコトは不可能……あっ、ちょっと待ってください。もしかしたら」
本棚に近づいた美女は、棚から一冊の書籍を
取り出してページを開く。
「データベースの中に、別の空間から来た者と元の空間が繋がっていて、ある程度の質量で臓物空間から押し出すコトができれば、この空間から外に出すことも可能だと……ただ、繋がっている時間は数秒かも知れませんし。数時間、数日かも知れません」
豪烈は、手の平に拳を打ちつけて言った。
「繋がっていたら、元の空間にもどれるワケだな……よっしゃ、ポンッとオレを押し出してくれ」
「あなたは、真空の宇宙空間でも平気な人ですか?」
「試したコトはないが、ダメだと思う」
「それなら、あなただけを押し出すワケにはいきません……あたしの強化された臓器でしたら、真空の宇宙でも平気ですけれど。
あなたが乗ってきた宇宙船ごと、押し出す方法が一番安全かと……ただ、この空間で宇宙船以上の質量のモノとなると」
「臓器か」
うなづく美女。
「あたしの臓器を一つ失うコトになりますが……早くしないと、空間の繋がりが……」
美女は棚に飾ってあった写真立てを手にして、白紙の写真を眺めながら言った。
「あなたは、どうしてもこの臓物空間から出たいのですか?」
「数分でも、数秒でも脱出の可能性が残っていたら、チャレンジするさ」
「わかりました、臓器はあたしに指定させてください……あたしのこの」
囚われの美女は、自分の片目を指差す。
「片方の眼球で押し出します……あたしも、外の世界をいろいろと見てみたくなりました」
「もし、押し出しが成功したら。目玉を宇宙船に作りかえてもいいか。少し痛みを伴うが、銀牙系を自由に見て回れる」
「痛みは耐えてみせます」
「そうか、名前をまだ聞いていなかったな。オレの名は豪烈、織羅・豪烈だ」
豪烈の言葉を受けた美女は少し、複雑な表情をする。
「あたしの種族は、個人名には特に意味を持ちません──名づけられても、自分の名前を本人が胸に秘めて覚えているだけで。誰にも語らず他人の名前も知らずに一生を終えます……それでも、あたしの名前を知りたいのですか。名前なんて忘れ去られてしまうかも知れないのに?」
「ああ、知りたいな教えてくれ──一期一会ってやつだ」
微笑む美女。
「あなたは変わった、おもしろい方ですね……気に入りました。一度だけ自分の名前を言います。
確か、あたしの名前は『ニライ・カナイ』でした」
「ニライか、いい名だ……もう、ニライとオレは友だちだな……ニライという名前は忘れないからな」
「と・も・だ・ち……ですか。心地よい響きの言葉ですね……あたしの名前を覚えてくださる方が、どこかの空間に存在している……それだけで嬉しいです」
生まれて初めて自分の名前を伝えた、ニライはさらに微笑んだ。
豪烈が中古宇宙船に乗り込んで、シートベルトをして言った。
「さあ、ドーンとぶち当たってこい! ニライ!」
直後に、ドーンッッと後方から眼球が宇宙船にぶつかってきた。
追突の衝撃に中古宇宙船は破片を撒き散らして、木の葉のようにクルクルと回転しながら吹っ飛んでいく。
「ひゃほぅぅ」
船内の豪烈は意識を失った。
織羅豪烈が意識を取りとりもどした時──豪烈が乗った中古宇宙船は、星々が輝く元の宇宙にいた。
(夢……だったのか?)
ルルルの声が通信機から聞こえてきた。
《無事だったか豪烈! 数日間の行方不明で心配したぞ。
フンドシをしたクマのヌイグルミみたいな、異星人に占ってもらったら。この座標に現れると言われて待っていた……ところで、豪烈、君の乗った宇宙船の後ろから見ている巨大な眼球はなんだい?》
ルルルの言葉に後方をモニター確認した豪烈は、衛星サイズの眼球がこちらを見ているコトに気づき、爽やかな笑みを浮かべながら言った。
「夢じゃなかったな……後ろの目ン玉は、オレの女友だちのニライだ……ルルルも挨拶しろよ」と。
豪烈が臓物空間から脱出して数週間後──地表に真珠色の白蛇が蛇行している模様が浮かぶ【ヘビ星】を、衛星軌道上の宇宙客船の窓から眺めている豪烈とルルルの姿があった。
ルルルが言った。
「あの星には長年に渡り対峙している、二つの名家があるそうですよ」
「ふ~ん、家同士のいがみ合いか……ルルル、おまえどうする? ヘビばかりの星だが行くか?」
「ヘビは嫌いじゃないです、行ってみますか」
豪烈やルルルは、合同で仲良く冒険したり。単独で冒険したりと。
少しづつ冒険にも慣れてきた。
ルルルの場合は、常に執事のハンプティを伴った冒険だったが。
ルルルの近くには、包帯をグルグル巻きにされた、卵形異星人のハンプティが立っていた。
豪烈がルルルに質問する。
「おまえのところの執事、どうしてそんな姿になっているんだ?」
「ある惑星で、塀の上に立って、見張りをしてもらっていた時、うっかり足を滑らせて塀の上から地面に……幸い、中身は出ませんでしたので軽傷で済みました」
「確か、その前は海洋惑星で新大陸を発見した冒険者から。
両足持って逆さにされて『卵はこうすれば立つ!』と、叫ばれて地面で頭割られたよな……おまえのところの執事、よく生きていられるな」
小一時間後──豪烈とルルルは、ヘビ星の中世風の町にいた。
さまざまな、無毒ヘビが道の中にいて神聖な生き物として保護されている。
星の住人は上半身がヒューマンで下半身がヘビの『ラミア種異星人』と。髪の毛がヘビのヒューマン『メドューサ種異星人』が主種族の星だった。
市場の入り口で、豪烈がルルルに言った。
「とりあえずは、情報集めだな……地元で生の声でしか得られない、情報ってのもあるからな」
入り口の二本の柱に大蛇が巻きついたヘビ柱の賑わう市場に入る。
市場にはカゴの中から立ち上がってヘソ出し踊りをしている、アラビア風惑星のヒューマン型異星人女性を、笛の音で操り踊らせているラミア種のヘビ使いならぬ『人使い』大道芸人などもいた。
市場の中を歩きながら、ルルルが呟く。
「さて、この星ではどんな冒険が待っているコトか」
ルルルの背後で卵形の執事が大蛇に、丸呑みされていた時──市場内に男の喧嘩越しの怒鳴り声が響く。
「そっちの尻尾が先に触れた!」
「いいや、先に当たったのはおまえの尻尾だ!」
声が聞こえてきた方を見ると、二つのグループのラミア種族の男たちが睨み合っていた。
「ここで、決着をつけるか」
「望むところだ」
片方のグループの男たちがレイピア剣の柄に手をかけると、もう一方のグループも剣の柄に手をかける。
睨み合ったまま動かない、二つのグループを見ている。
アフロ髪の中からヘビが頭を覗かせた、屋台料理店のメドューサ種の男性店主の呟きが、豪烈とルルルの耳に聞こえてきた。
「またやっているよ……あの二つの名家のやつら、どうせ市場で剣を抜いたら罰せられると、わかっていて抜けないクセに……ヘビの睨み合いだな」
名家の片方が言った。
「剣を抜け! 先に構えろ!」
言われたもう一方が答える。
「その手に乗るか……市場で剣を抜けば、決闘が確定して罰せられるコトくらい知っている……拳で語るか」
「おうっ! 望むところだ、かかってこい!」
やり取りを傍観していた豪烈が、手の平に拳を打ちつけて言った。
「おもしれぇ、ちょっくら喧嘩の仲裁してくる。
ルルルは、いがみ合っている両家の詳しい情報を聞いて集めて教えてくれ……集めた情報から、おもしれぇ冒険がはじまるかも知れないからな」
「わかった」
睨み合っている両家の拳が相手の頬を狙って、繰り出される。両者の間に無謀に飛び込んでいく織羅・豪烈。
「ちょっと待ったぁ! この喧嘩、オレが買っ……ごぼぁ!」
両側の頬を同時に殴られる豪烈。豪烈を殴った両家の者たちは、いきなり乱入してきた部外者に驚き戦意を喪失する。
「うあぁ、どっかのバカが首突っ込んできた?」
「逃げろ!」
片方の名家の連中は市場から逃げ出し、もう片方の連中は市場には大の字で倒れ意識を失った、豪烈を呆然と立ち尽くして眺めていた。
小一時間後──市場に残っていた方の名家の屋敷で、ラミア種の女性から濡れたタオルを頬にあてがわれ介抱されている豪烈の姿があった。
ベットで意識を取り戻した、豪烈の頬をタオルで冷やしている下半身がヘビのラミア種女性の近くには、少し年下に見えるラミア種の女性が介抱されている豪烈を心配そうな顔で見ていた。
豪烈の頬を冷しているラミア女性が言った。
「うちの身内の若い連中の喧嘩仲裁をしてくれたそうで……感謝します痛みますか?」
「あんな、へなちょこパンチ屁でもねぇ……オレが鍛えれば、もっと強烈なパンチを繰り出せたな」
豪烈を介抱しているラミアの女性が微笑む。
「おもしろい人、自己紹介がまだでしたね。あたしの名前は『ティアマト』こっちにいるのは妹の『ヴィーヴル』です」
「織羅・豪烈だ、大学で冒険者クラブやっている」
「冒険者の方ですか、屋敷には好きなだけいてください……ヴィーヴルもいいわね」
妹のヴィーヴルは静かにうなづいた。
豪烈がティアマトの介抱を受けていた時──ルルルは市場近くの食堂で食事をしながら、情報収集を続けていた。
「あの二つの名家が、いがみ続けている原因? さぁな、ずいぶん前のコトだから、もう誰も知らないんじゃないか」
食堂で出会った、ラミア種やメドューサ種の住人たちと、同席しているルルルにそう言って樽酒を仰ぎ飲んだ。
ヘビ星の者たちは、酒樽を飲食店に共同キープしていて、浴びるほど酒を飲む。
空になった酒樽を転がしながら店の奥へ片付けていた、店員がルルルたちの会話に空樽を転がしていた仕事の手を休めて言った。
「そう言えば、今思い出しましたけれど亡くなった祖父が、この店で酔っ払ったラミア種のメイドが上機嫌で『あの二つの名家を、仲たがいさせてやった……ざまぁみろ』と話していたのを一度だけ聞いたそうですよ」
「そのメイドは今どこに?」
「祖父と同様に亡くなって土の中ですが……孫娘が、同じ屋敷でメイドをやっているとか」
店員の話しを聞いていた、ラミア種の客の一人が補足する。
「オロチの家にいる、あのメイドのコトか……このヘビ星では、あの名家にいる子供の名前で呼んで区別している。ご子息のオロチがいる『オロチの家』と、ご令嬢のヴィーヴルがいる『ヴィーヴルの家』が」
ルルルが質問する。
「そのメイドが居るのは、市場でいがみ合っていたどちらの、名家グループですか?」
「あんたの相棒を殴って逃げた方だよ……メイドの名前は確か『ニャミニャミ』とか言ったな」
別の席のメドューサ種のお客が横から口を挟む、どうやらこの星の住人は藪をつついて蛇を出すような口出しが、よほど好きなようだ。
「ヴィーヴルの家には行き遅れの姉も一人いるが……ありゃダメだな、あと数日のうちに、つがいにするオスを見つけないと産卵期を逃して有精卵を生む機会を永遠に失う」
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