第6話『何のために走ったんですか?』
連載戯曲 たぬきつね物語・6『何のために走ったんですか?』
大橋むつお
時 ある日ある時
所 動物の国の森のなか
人物 たぬき 外見は十六才くらいの少年
きつね 外見は十六才くらいの少女
ライオン 中年の高校の先生
ねこまた 中年の小粋な女医
たぬき: あ、ライオン先生!
きつね: 先生、どうしてくれるんですか!
たぬき: 先生の言うとうり、お互いの身になったら、このざまですよ!
きつね: どっちがどっちか、わかんなくなっちゃって!
ライオン: おまえたちがちゃんと聞いていないからだ。どこの世界に、相手の身になって考えることと、化けることをとりちがえるばかがいるんだ!?
きつね: だって!
たぬき: ねえ!
ねこまた: あなたたち、何のために走ってきたのよ!
たぬき: あ、そうだ。
きつね: 何のために走ったんですか?
たぬき: 走って正体がわかるのは、「うさぎとかめ」のかめか、「走れメロス」のメロスぐらいのもんじゃないですか?
きつね: たぬきときつねが走ったって話はあんまり聞きませんけど?
ねこまた: あんたたち、お互い自分の尻を見てごらん。
二人: え……?
ねこまた: それだけ走ってくたびれりゃ、しっぽが出てくるんだけど……
たぬき: ……いいえ。
きつね: ……別に。
ねこまた: そう、おしいわね。さっきかけこんできた時は、しっぽの先がチラチラしているように見えたんだけど……ひっこんじまったのね。
きつね: え、そうなんですか!? わたし気がつかなかった……
たぬき: 最初から言ってくれたら気をつけたのに……
ねこまた: 最初から言ったら、しっぽなんか出てこないわよ。
きつね: も、もう一回走ってきます!
たぬき: ぼ、ぼくも!
ライオン: そうだ、くりかえし努力することが大切だからな。もう一度走ってこい!
ねこまた: 無駄な努力はしないの。一度ひっこんだしっぽは二度と出てこないわよ。
きつね: ええ……!
たぬき: じゃ、どうすれば……
きつね: いいんですか……?
ねこまた: じゃ、最後のテスト。
三人: 最後のテスト?
ねこまた: ここに二本のナイフがある……さあ、一本ずつ持って。
たぬき: ……まさか、これで決闘とかして、勝った方がどうとかこうとか……
ねこまた: 誰が殺し合いしろって言った。
二人: じゃ……
ねこまた: 刺すのは、そこのライオン先生よ。
二人: なーんだ。
ライオン: え!?
ねこまた: 覚悟してね、ライオン丸。
ライオン: なんでこのおれが!?
ねこまた: かわいい教え子のため。少し痛いかもしれないけど、がまんしてね。
ライオン: かもじゃないよ、ぜったい痛い! 必ず痛い! 下手すりゃ死ぬぞ!
きつね: 先生、ごめんなさい……
たぬき: 先生には恩もうらみも……
ライオン: ないだろ!?
きつね: ある!
たぬき: ぼくたちがこうなったのは先生のせいなんだから!
ライオン: そんな……
ねこまた: ね、だからさっき逃げときゃよかったでしょ。
きつね: いくよ。
たぬき: うん。
きつね: いち、にの……
ねこまた: さん!
二人: こう……までに聞きたいんですけど(ねこまたとライオン、ずっこける)
たぬき: 刺したらどうなるんですか?
きつね: 刺せなかったらどうなるんですか?
ねこまた: 刺せなかったら、今のまま。自分が何者かもわからずウロウロしてるたぬきかきつね。
二人: 刺せたら?!
ねこまた: けだものよ。
三人: けだもの……!
二人とライオン、「けだもの」という言葉のひびきに驚く。
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