第7話『行ってきます!』
連載戯曲 たぬきつね物語・7『行ってきます!』
大橋むつお
時 ある日ある時
所 動物の国の森のなか
人物 たぬき 外見は十六才くらいの少年
きつね 外見は十六才くらいの少女
ライオン 中年の高校の先生
ねこまた 中年の粋な女医
ねこまた: たぬきとかきつねとか、そんなケチな区別でうろうろせずにすむ。自分の思いのままに、噛み付き、殺し、食らい。自分以外の何も恐れる者のいない、けだものになれるわ。昔、ライオン丸の御先祖がそうだったように……
ライオン: おれのご先祖が?
ねこまた: 今のライオン丸は無駄に図体の大きいねこみたいだけども。あんたの御先祖は、動物とかアニマルとか、そんな生やさしい呼び方でくくれる存在ではなかった。さあ、刺しなさい、けだものの末裔を。そして、今度はあなたたちがおなりなさい。新たなけだものの源流に、新たなけだものの伝説に。
たぬき: けだものの源流に……
きつね: けだものの伝説に……
ねこまた: ただし、深い孤独とひきかえにね。けだものになったら、もう誰もうちとけてはくれない。誰も手をつないではくれないし、寄ってさえくれない。どこへ行くにも、何をするにも一人ぼっち。たとえ草原で一人淋しく死んでも、誰もその死を悲しんではくれず、みんな安堵に枕を高くし、胸をなでおろす。そして、ほんのちょっぴり「世の中つまらなくなったなあ……」と、安心とも、つまらなさともつかない溜息をもらす。そして、何十年もたってから、世の中がのびきったラーメンのように味気なくなった時。自分のついた溜息とともに、けだものを思い出す。甘くて苦くて、そして、とりかえしのつかない思い出として……
三人: ……
ねこまた: さあ、そういうけだものになりたいなら、そのライオン先生を刺しなさい。深々と、そのナイフの切っ先が、そいつの脂肪まみれの肝臓に届くまで!
二人、ポロリとナイフを落とす。ライオン、安堵の溜息をもらす。その溜息には、ほんのわずか、本人も意識しない失望が交じっているかもしれない。
たぬき: ……刺せません。
きつね: ……わたしも。
たぬき: でも、どうしたらいいんですか?
きつね: やっぱり、このままでいるしかないんですか?
ねこまた: それなら……二人とも、この森を出て旅に出なさい。
二人: 旅に?
ねこまた: 西と東に別々に、何年かかけて、この国を一周し、またこの森にもどってきなさい。
きつね: そうすれば、またしっぽが見えてきますか?
ねこまた: いろんなところに行き、いろんな人に会い、いろんな経験をして。そうしたら、見えないしっぽが見えてくるかもしれない……そのくらいの勇気は持っているわね。
二人: ……
ねこまた: さあ、これが旅立ちの荷物(ふた組の荷物を渡す)必要なものは全て入ってる。
たぬき: はい……
きつね: でも……
ねこまた: これしかないのよ。
二人: ……はい。
ねこまた: じゃ、ただいま、この場から出発!
たぬき: あの……化け葉っぱは?
ねこまた: 帰ってくるまで、あずかっておく。
きつね: お願いします。
ねこまた: ……もう少し早く、うちに来ていれば、こんな苦しい旅立ちをしなくてすんだのにね。
きつね: 手遅れじゃないんですよね……
ねこまた: それは、あなたたちしだいよ……
たぬき: じゃ、ねこまた先生、ライオン先生……
きつね: 行ってきます!
たぬき: 行ってきます!
それぞれ、東と西に旅立つ二人。手を振って見送るねこまたとライオン。
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