第2話『ねこまた先生』


連載戯曲 たぬきつね物語・2『ねこまた先生』


大橋むつお




時   ある日ある時

所   動物の国の森のなか

人物  たぬき  外見は十六才くらいの少年  

    きつね  外見は十六才くらいの少女 

    ライオン 中年の高校の先生

    ねこまた 中年の小粋な女医





きつね: わ……!


たぬき: なんですか、これ?


ライオン: くちびるさ。口先だけで生きてきた人間のなれのはてだ。口びる以外は退化して無くなっちまったんだ。


二人: うわ……


ライオン: 人間といえども、生き物の仲間だからな。どこかのお寺にでも、持ってって供養してやろうと思ってな……な、こうはなりたくないだろ?


二人: は、はい……


ライオン: だったら、先生が言ったことを、しっかり肝に銘じ、相手の身になって考えるんだぞ。


二人: はい……


ライオン: よし、行ってよろしい。


たぬき: 相手の身になるって……


きつね: ……いえ、はい。


二人: し、失礼します!




たぬき、きつね退場




ライオン: 先生というのも因果な商売だ。けんかを見たら止めにゃならん。タバコを見たら叱らにゃならん。しょぼくれとったら、はげまさにゃならん。そうそう効き目なんてないのにな。普通の大人なら、道端のウンコみたいに無視すりゃすむんだが。しかし、この口びるは大成功だな。パーティーグッズが思わぬところで役に立った。そうだ、今夜の飲み会、診療所のねこまた先生も呼んでやろう(携帯電話を出す)090 12の4567と……なんだ、あの音は?(たぬきときつねの去った方からドロロン、ドロロンと音がする)……あ、ねこまた先生。おれ、アニマル高校のライオン丸。先日はどうも……




ライオンの通話と、ドロロンの音重なって暗転。明るくなると、上手に映画監督が使うようなテッキチェアに身をあずけた二日酔いのねこまた先生。周囲に医者のもろもろの道具。電話が鳴る。手さぐりで受話器をとる。




ねこまた: はい、あたし……ああ、アニマル高でおちこぼれ……え、診察? だめだめ、混んでんの、患者さんでいっぱい。まだ百人は待ってるかなあ、とてもこなせないわよ。今から来たって三日ほど先よ。え、百人も来てるわりに静か? あったりまえでしょ、泣く子もだまるねこまた病院よ。え、すぐ近くまで来てる? だめだって……




たぬきときつねが、携帯電話を手にあらわれる。




たぬき: そこを先生……


きつね: なんとか……


たぬき: お願いします……


ねこまた: だめ……(二人に気づき架空の患者に語りかける)はい、お大事にね。はい、次の患者さん。


きつね: はい、ここに。


たぬき: お願いします。


ねこまた: なによ、あんたたち。


たぬき: だから、すぐ近くまで来てますって……


きつね: 申しあげましたでしょ……


ねこまた: あのね……


たぬき: ねこまた先生、次の患者さんて、おっしゃいましたけど……


きつね: 見たところ、わたしたち以外に患者さんは、いないような……


ねこまた: いるわよ!


二人: え、どこに?


ねこまた: ここよ(虫めがねで、地面を見る)まあ、黒アリの奥さん、どうなさったの? まあ、お熱が……それはいけませんね。ま、そこにおかけになって。まあ、あとから続々と、アリモトさんにアリタさんにアリズミさんにアリガトさん……ちょっとあんたたち、アリヨシさんとアリカワさんを踏んづけてるわよ!


たぬき: え……?


きつね: どこ?


ねこまた: まあ、みなさんキリギリスに風邪をうつされちゃったの……


二人: ねこまた先生!


ねこまた: だめじゃない、大きな声だしちゃ。驚いて、みんな逃げていっちゃったじゃないの。


きつね: 先生、ぼく……いえ、わたしたち、本気でみてもらいたいんです。


たぬき: はい、とっても重い病気なんです。


ねこまた: わたし、今ね、そんな……


たぬき: そんな気じゃないのはようくわかっているんです。


きつね: 先生が夜行性で、日中は弱いことや……


たぬき: ゆうべ、ライオン先生と飲みすぎて、二日酔い気味なのも、百も承知。


きつね: 二百も合点。


ねこまた: あんたたちだって、夜行性でしょうが。


きつね: ええ、そうなんですが……  


ねこまた: だったら、さっさと家に帰って寝なさいよ。わたしも夢の途中なんだから。


たぬき: 先生!


ねこまた: もう、なによ!


たぬき: 先生! ねこまた先生! 一生のお願いです。ぼくの……わたしの病気をなおしてください!


きつね: お願いします!


ねこまた: どこが病気なの!


きつね: わたし、ぼく、わたし、とっても重い病気なんです。


ねこまた: とても、そうは見えないけど。


たぬき: よく見てください! 病気なんです!


ねこまた: あたし眠いの。頭も痛いし……


きつね: だったら、ほんのちょっとだけでも、見ただけでわかりますから。僕の、わたし……かな、ぼく?


たぬき: ぼくは、わたしだから。わたしは……いや、やっぱり……


きつね: わたしが……わたし……


たぬき: いや、ぼくのわたしが、わたしのぼく……あれ?


ねこまた: なによ、ぼくのわたしのって。一人称の使い方も知らないの?


きつね: イチニンショー?


ねこまた: 自分の言い方よ。ぼくとかわたしとか。男と女じゃちがうでしょ。


たぬき: それならわかっています。男がぼくで、女がわたし。


ねこまた: だったらちゃんと言いなさい。ぼくとかわたしとか。


きつね: その……ぼくかわたしかがわからないんです。


ねこまた: きつねさんがわたしで、たぬきくんがぼくでしょうが。


きつね: 本当に、わたし、ぼく、きつねなんですか?


たぬき: ぼく、わたし、たぬきなんですか?


ねこまた: なに?


二人: じつは……ごにょごにょごにょ(二人それぞれ、ねこまたの左右の耳にないしょ話をする)


ねこまた: え……え?……え!?……アハハハ……お互いがお互いに化けっこしているうちに、自分がどっちかわからなくなっちまったって……アハハハ……そんなバカなこと、信じられるか!


きつね: でも、ほんとなんです。


たぬき: ほんとなんです(二人、うなだれる)


ねこまた: ……ほんとなの?


二人: ……はい。


ねこまた: どうしてそんなことに?


きつね: ぼく、わたしたち、つまんないことでケンカばかりしてるから……


たぬき: ライオン先生が、お互いの身になって考えなさいって……だから、わたし、ぼく、わたし……


きつね: わたし、ぼく、わたし……つまり、お互いの身になったんです。


たぬき: きつねがたぬきに化けて。たぬきがきつねに化けて……


きつね: それでもわからないから、きつねに化けたたぬきが、たぬきに化けて……


たぬき: たぬきに化けたきつねが、きつねに化けて。そいでまたたぬきに化けて……


きつね: 一晩中化けっこしてたら、もうどっちがどっちか分からなくなって、わたし、ぼく、わたし……


たぬき: いや、ぼくは、わたしだから、わたしがぼくで…… 


きつね: え、わたしと言ってるわたしは……いえ、ぼくで、わたしが……


二人: ああ、もういやだ!


ねこまた: こっちもいやだわよ。長いことこの森で医者やってるけどさ、化けすぎて、自分が誰かわかんなくなっちまったなんてははじめてよ。


きつね: ぼく、わたし……


たぬき: わたし、ぼく……


ねこまた: ややこしいから、とりあえず見た目で、こっちがわたし、そっちがぼく。いいね。


二人: はい。

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