松明
数多の太陽と月をみてきた
この地に降り立つ魂を迎えるために
数多の松明を灯した
この地に降り立つ魂が迷わないように
冷雨の中わたしは松明に火を灯す。
皺々のかじかんだ手ではマッチを擦ることが難しかったが諦めずに擦りつつけた。
温かな灯火は凍りかけた気持ちをゆっくりと溶かしていった。
「こんな雨の中まだやっているのか。」
手元のマッチ箱から視線を声のする方へ向けると、死神が傘もささずに立ってた。
「あの人の魂が迷わないように。」
視線をマッチ箱に戻す。
あの人に会いたくてわたしはここにいる。
愛を誓ったあの人、あぁ名前を忘れてしまうなんて。
「もう時間はないぞ。」
「もう少しだけ…もう少しだけ待ってもらえませんか?そろそろ会える気がするんです。」
死神のため息が聞こえる。
わたしは長い間ここに留まらさせてもらっている。
愛した人の名前を忘れてしまった今、もう諦めた方がいいのかもしれない。
「…わかりました。わたしの魂を地獄でも何処へでも連れて行ってください。長い間ワガママを言ってごめんなさい。」
「あぁ、わかった。」
冷たい雨が止み空が晴れていく。
青空のもとわたしは消える。
最後に思い浮かぶのは愛したーーさん。
「あの、彼女の魂を回収するならばぼくの魂もお願いできますか?道に迷ったみたいで。」
懐かしい声が聞こえた。
声のする方へ振り向けば、笑顔を浮かべた愛した人が立っていた。
「待たせてごめんね、ーーちゃん。」
あぁわたしの名前、覚えていてくれたんだね。
お互いしわくちゃのおばあさんとおじいさんになってもいいはずなのに、わたしたちの姿は初めて出逢った学生時代だった。
セーラー服に身を包んだわたしと学ランに身を包んだあなた。
「桔梗ちゃん。」
「…っ、烝治さん!」
死神はふたりが抱き合うのを静かに見守った。
それからふたりの魂は天に昇っていった。
涙でぐちゃぐちゃになった顔で何度もお礼を言われた。
<ありがとう、死神さん。本当にありがとうございました。>
「愛ねぇ…。」
死神は何か考えたがすぐに次の魂の回収に向かった。
全てが去ったこの場所にはひとつのマッチ箱と灯りの消えた松明が転がっているだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます