時を繋ぐ想い
意識が途切れる度に、何度も、何度も、繰り返し夢を見た。
青年は、真っ直ぐに自分だけを見つめる少女に夢中になる。
彼女が笑いかけてくれることが嬉しい。喜んでくれることが嬉しい。
当たり前のように側にいられる毎日がとても幸せだった。
そして、夢から覚めると、なおさらノゼリーナは帰ってこないかもしれないという思いに占められた。
いったい僕はどうしてしまったんだろう。
何かに干渉されているのか、妄想にでも憑りつかれているのか。
そう思っていたのも最初の方だけで、次第に僕はその夢を疑わなくなった。
Day3、彼女は帰ってこなかった。
不安で心配で、何とかメッセージだけを送る。
エネルギーの無駄遣いは出来ない。だから、最低限で。
彼女からの返答はない。それどころか、『メティス』はスリープのままだった。チェックすらされていない。
その身に何かが起きてしまったのではないかと悪い予想がよぎる。
だけど、夢の中では、ノゼリーナはあの青年と笑い合っている。
ああ、大丈夫。ノゼリーナは、まだ大丈夫。
混乱と嫉妬だけに染まっていた夢は、いくばくかの安堵ももたらすようになった。
でも、このままでは…。
そして多分、ノゼリーナもそれはわかっている。
僕は、できうる限りの手を尽くした。ノゼリーナが、帰ってこられるように。
僕自身の資産とノゼリーナの研究費をはたいてエネルギーの購入に手を回し、可能な限りの蓄積をしてゆく。天方家で使用するエネルギーも出来る限りを節約して、蓄積する。
同時に、千年前と繋がる『メティス』の細い情報端子を探り、それに沿って細い供給路を作った。
僕はせいぜいノゼリーナの助手風情。本格的な開発なんてしたことがない。
だけど、ノゼリーナのやり方は知っている。考え方も。出来ないなんて言い訳はしない。やるしかなかった。
細い一本の神経のような情報端子をガイドに、血管のように
演算に次ぐ演算。
天方家のコンピューターを総動員して最速で模索した。
空調を切った空間は寒くて身を凍えさせる。酸素が幾分薄くなり、息苦しい。暗い静かな部屋に、輝度を落としたモニターと端末のぼんやり滲む光。
カロリーバーと水だけで働き続ける身体。
そんな事が全て些細に思えるくらい、必死だった。
ノゼリーナがいなければ、僕が生まれてきた意味も、生きている意味もない。
細い細い回路ができた。おそらくこれは歴史的発明なのかもしれないが興味はなかった。
慎重に、少しずつエネルギーを送り込む。『メティス』本体のエネルギー残量は、送った量の半分に満たないくらいは増えている。
ひとまずは、これでいい。これ以上の改良は僕には出来ない。ロスが多いとしても何とかエネルギーは送り込める。
張り詰めていた気が抜けて、崩れ落ちるように眠る。
夢の中ではノゼリーナに会える。少し寂しそうで、苦しそうで、幸せそうな。
僕はもう、この夢の意味を知ってしまった。
だから、まだノゼリーナは帰ってこない。
でも、夢の続きはまだわからない。
何があっても守ってみせる。その為に、僕は生きている。
Day6、『メティス』がタイムマシンを起動させた。
送り込んだエネルギー量で、ギリギリだった。
未だ送り続けているエネルギーの移動は緩慢だ。それくらい供給路は細くてロスも多い。待機エネルギーすら賄えていないだろう。
メティスの演算をモニターに映す。それを確認していると、ふと違和感に気づく。
到着座標がずれている。
そういえば、ノゼリーナは到着して落下したのだ。彼女は、空から降ってきた。
時空にほんの少しの歪みがあって、座標が乱されていたのだろうと推測できた。
『メティス』にエネルギー供給を強制的にキャンセルさせる。無駄にするエネルギー量は多かったが、予定到着座標は研究室の2m下、シェルター役割で張り巡らされた強固で分厚い防護壁の中だ。到着したと同時に圧死する。
再計算にかかるエネルギーが惜しい。
ノゼリーナが『メティス』にそれをさせたならば、きっとそのエネルギー消費だけでタイムマシンの起動は難しくなってしまう。
僕は強制的に『メティス』本体をスリープにさせた。
天方家のコンピューターは、必要最小限しか活動していないが、使えない訳ではない。送るために用意したエネルギーもまだ残っていた。
『メティス』は他のAIの権限も渡されている。『デメテル』『ヘスティア』『ヘルメス』普段から領域を貸与していた他のAIを全力で動かして、『メティス』に還元させる。普通の速度では、待機中のエネルギーの損失が大きかった。
時間が勝負なのだ。
最後の夢は、まだ見ていない。
だからノゼリーナがどうなったのかを僕は知らない。
でも今は、信じて戦う事しか知らない。
目的座標を修正する事に何とか成功した。
もう此方にもあまりエネルギーの余力はない。
そして、タイムマシンの安定した運用にはほんの少しエネルギーが足りなかった。
だけどこれ以上時間が持ちこしてしまえば、起動すら難しくなるだろう。
ノゼリーナが、戻ってこられるかわからない。
心がひどく揺れる。
ダメかもしれない。
どこかではぐれて、時空の迷い子になるのかもしれない。
他の座標に漂流なんてしてしまうのかもしれない。
このまま諦めれば。まだ、可能性。
時の運行を乱して制裁を受けるかもしれない、という可能性。
だけど、その危険性も決して低くはない。
迷う。この決断にかかる重責に、迷う。
だけど、ノゼリーナならきっと。
やってもみずに諦めることなんてしないだろう。
この千年を越える旅に出かけたように。
タイムマシンを再度起動する。
僕の今の全力で、君を取り戻す。
君は戻って来てくれるかわからないけど、僕は約束したんだ。
君に絶対にまた会うと。
それだけは、思い出した。
僕に千年を越える力があったくらいなんだから、きっと。
もう一度君に会えるでしょう?ノゼちゃん。
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