時を超える扉の向こう

 私は、ごっちんへと辿り着く扉の最終調整をしていた。


 思いつく前から構想はあった。思い至ったら、それはもう地図になった。後は、その道筋を細かく検分して、試して、修正していくだけでいい。


 ごっちんに逢いたい。ただ、見てるだけでいい。

 あのキラキラした目が、何を見てるのか知りたい。

 彼が、何を見て笑うのか知りたい。どうして切なげな顔をするのか知りたい。


 彼がいるのは遠い遠い時空を超えた、こことは違う世界のような『旧世界』と呼ばれる過去。

 タイムトラベルが実用段階に至っていない現在の科学力では、見ている以上のことはまだ無理だ。干渉が引き起こすリスクすらわかっていない。長くの間に多くの人間が夢想して議論を積み重ねてきたとしても、それはまだ机上の理論に過ぎない。


 そして、機会はきっと一度限りだろう。

 一度穴をあけた次元にもう一度被さらずに潜り込むのは、たくさんの実例ケースを集めてから、理論を組み立てるところからだ。きっとあと千年は無理だろう。

 私はまだ18歳だけど、あと千年は生きない。だから、ごっちんに逢えるのは最初で最後。ただ見てるだけ。


 更には、帰ってこれる確証だってない。

 私の存在がその過去になんらかの影響を与えてしまったならば、元の世界とは違う未来しかなくなってしまうかもしれない。そうなれば、戻ってくるはずだった場所の座標にあるのは空白だ。

 私の行ったことが、この無限に続く時の流れにとって何か不都合だったならば、遠い未来の誰かから制裁を受けるだろう。最悪、無かった方が良いものなら消されてしまう可能性もある。


 リスク&デメリット。

 頭では、わかってる。だけど、どうしてそれで諦められよう。

 そんなことどうでもよくなってしまうくらい、彼に一目逢いたくて仕方ないのだ。

 私は、自分がそんな女だっていう自覚があった。

 一度気になったものは、とことん追求したい。悪癖だけど、科学者としてはとても大切な芯でもある。だから止める気だってない。

 目の前に立ちはだかる不都合なんて、障害にはならない。この身なんて喜んで捧げよう。追及と理解。これに勝るものなんてない。私は、その為に生きている。


 初めての恋は、命を懸けるのに相応しい一大ミッションだった。

 でも、何とも私に、天方ノゼリーナにふさわしいと思っている。



「ノゼリーナ、本当に行くの?」

 幼馴染で助手で使用人の花谷ジャンザリが心配そうに何度も訪ねてくる。冗談でタイムマシンなんて作る訳がないじゃないか。

 これは、人類にとって最後の一線を越えてはならない禁忌の扉だ。もしかしたら、この長い歴史の中で、今まで作った人間がいて、ただ消えていった可能性もあるシロモノなのだ。

 ジャンザリだって、私が冗談に時間を割く人間じゃないことは重々知っているはずで。つまりは、私を案じてくれているだけだというのは理解している。


 研究室の壁に掛かった、見た目はただの枠。10cm程度の厚みを持たせたのは、裏側に触れた壁が次元にアクセスしないようにした仕様。

 メインコンピュータは、天方家のマザー下でいくつか並列しているAIの中でも、研究用の統括AI『メティス』。今回は他のAIへの干渉権も持たせた。

 父の研究成果のおかげで、この地球の三分の一を占めると言われている夢来国連邦でも有数である天方家の総力をギリギリまでつぎ込んでいる。


 空に浮かぶ映像のパネルを操作しながら、試算を繰りかえす。

 チャンスはたった一度だけ。だから、不備はないようにしなければ。

 帰ってこられなければ困る。大きなトラブルになってしまえば、消される可能性があるのは私だけではない。父や母、助手のジャンザリ、そして、ごっちんすらも。

 この恋を、『なかった』ことにするための要素は、一つではない。

 そして未来を知らない私には、その手段のどれが時の運営に一番滞りがないのかも予測できない。

 失敗は、許されなかった。


「ジャンザリ、『メティス』の演算を他のAIに移しといて。もうちょっと容量欲しい」

 モニターの数字に集中したまま声をかければ、ジャンザリはそれを叶えてくれる。もうすっかりと、私の手足のようだ。回りくどい会話なんていらない。一番優秀なAI、ああ、自前の知能か。



 毎日、記録の中のごっちんを眺めて。それ以上の顔を知らない、その映像を何度も何度も眺めて。

 そして、ありったけの全部で彼の元へと届くタイムマシンを作る。

 そんな日が数か月間過ぎ去って、時を超える魔法の扉は完成した。


 最初で最後かもしれない、私の恋のために。



 想定は3日間。最長で5日間。それを超える技術は現代のこの世界のどこにもない。

「ノゼリーナ、気をつけて。必ず3日後には、ここに帰ってくるんだよ」

 泣きそうな顔で私の手を握ったジャンザリに見送られて、私はその魔法の扉を潜った。

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