幼馴染とタイムマシン
「ノゼリーナ、本気で言ってるの?」
「本気だよ。私、ごっちんに逢いたいの。一目でいいから自分の目で見たいの」
幼馴染の天方ノゼリーナは、天才だった。天才で、誰にも止められない人間だ。
彼女と一緒に育った家族同然である僕、花谷ジャンザリであろうとも。
彼女の母は、この夢来国連邦で有数の歴史学者。九百年程度前に世界大戦が勃発し一度滅亡したと言われる、この地球の『旧世界』と呼ばれる過去の研究者だ。
そして、彼女の父は、これまた有名な科学者。大戦を機に一度衰退した科学力が、ようやく旧世界に並んだと推測されてから数百年。旧世界の未来絵図を叶える魔法使いの一員とも言われている。
その間に生まれた一人娘、ノゼリーナは昔から破格だった。
僕は、多忙なノゼリーナの両親の代わりに彼女の生活を担った家政婦の息子。父の顔は知らない。僕は物心ついた時から、母と共に天方家に部屋を貰って住んでいる。
幼い頃から、僕はずっとノゼリーナを見てきた。
彼女は、両親の血を濃く受け継いでいるようで、研究と事実解明が大好きだ。
同じ年の子どもが遊びに夢中になっている頃合いから、最先端の研究結果を両親と語り合うのが好きな、宇宙人みたいな子だった。その頃の僕には、会話の意味なんて全く分からなかったから。
僕は僕で母の血を引いているのか、彼女の散らかした部屋を片づけたり、食事や飲み物を差し入れるのに喜びを見出してしまう性質で。僕たちは全く別次元に生きているのに仲がよかった。
気付いた時には、ノゼリーナが好きだった。
真っ直ぐに、自分の直感を結果にする行動力や、時々会話がかみ合わないほどの突き抜けた思考力。それなのに、僕と目を見合わすと、子どものように全力で笑う。
僕はきっと、ノゼリーナに出会う為に生まれてきたし、できうる限りでノゼリーナをずっと支えていたい。使用人の息子風情が大それた話なのかもしれないけれど、それが僕の夢で生きがいだった。
彼女は僕たちと交わるはずのなかった遠い遠い過去に恋をして、目を輝かせて笑う。
叶うはずがなくても、全てを失うかもしれなくても、ただ会いたいと。
「君のだす成果を疑いはしないけど。でも、時を超えたなら、やっぱり帰ってこられる確約はない。タイムパラドックスは未だ仮定でしかないし、どんなエラーが起こったって不思議じゃない。もしかしたら、君は……」
「そうだね、しくじったら、私の存在が消える可能性も、消される可能性もあるよ」
彼女はいつもの不敵な顔をほんの少し赤らめて、見たことがないように口の端を緩ませる。
「でも、ごっちんに逢えるならそれだけの価値はあるよ。どうしても逢いたいの。タイムパラドックスの中では、これも運命でしょ?」
胸が苦しい。コンピューターで管理されているはずの空気の比重がぐっと減ったように。重力がずっと増したかのように、臓腑が圧迫されている。
天方家のコンピューターが設定を間違えることなんてないから、僕の方がおかしくなっているんだろう。
誰の目にもわかるほど狂おしいほどにノゼリーナを見つめているのに、彼女が僕のその想いを認識したことはない。
彼女は、研究にしか興味のない人間だったはずだったから。いつだって、彼女の視線は目の前ではない、遥か遠くを見ていたから。
「ほらジャンザリ、作るよ!」
『タイムマシン』を作るだなんて言いだした天才な幼馴染に、僕はただ付き従うだけしかできない。
彼女はそれをただの夢想になんてしないのを知っている。
僕にできるのは、彼女がきちんと食べて寝て人間らしい生活を忘れないように世話をやくことだけなのだ。
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