千年の恋
ちえ。
天方ノゼリーナの初恋
「もう、映研のメイキングなんて誰が見るのさ」
ちょっとだけはにかむような笑顔を見せる彼のその顔は、同じ記録媒体に刻まれた、切なげにヒロインを思い、謀略を巡らせる陰気な男とはかけ離れていた。
「かなこちゃん、上手だよねぇ。負けないようには無理だけど、彼女の映像を汚さないくらいは僕もがんばります。ね?これでいい?」
伸ばされた片手が、モニターの手前まで迫る。
この記録媒体を復元したときに、できる限りのノイズを除去をした。再生できるメディアも、この記録媒体のために開発調整したものだ。モニターに迫った掌の皺まではっきりと見えた。
そして、耳にはくすぐったそうな笑い声。
「まいちゃん、みんなでこんな風に映画撮るの、やっぱり楽しいね」
「やっぱりごっちんはもう止めちゃうの?寂しいじゃん」
微かに振動した画面の向こうで、見知らぬ声が問いかける。
アングルを変えた映像は、片手を掲げたまま寂しそうに笑う彼の表情を捉えていた。人懐っこい笑顔に浮かぶ、寂寥感。キラキラ輝いていた瞳が眇められて、笑みの形にこじ曲げられた。
「また機会があればみんなで撮りたいな。立派な会社員になってからでも」
その映像は、天方ノゼリーナの頭の中に焼き付いて、心を焦がした。
もっと、見たい。もっと、知りたい。もっと、もっと。
決して交わる事がない、千年程度昔の遺物である記録媒体。
九百年くらい前に一度滅びかけたというこの世界の、夢来国連邦ができる前にあった国のひとつから切り取った一かけら。
その中の『ごっちん』の姿に、研究以外には興味がなかったノゼリーナの頭と心は、恋という夢に堕ちてしまったのだった。
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