第43話 お天道様に捧げる勝負
守の頭は、真っ白になっていた。
自分がボールを捕っていれば、チームは勝利し、関東大会への出場も決まっていたのに……普段ならば絶対に犯さないようなミスを、最悪の場面でやらかしてしまったことで……守の思考は、完全に止まってしまっていた。
「森内! さっさとボール拾え! ランナーセカンド狙ってるぞ!」
「……あっ……」
船曳の声で我に帰った守が慌ててボールを拾って一塁を見ると、一二塁間で様子を窺っていた柳田は一塁ベースへと帰っていった。
「……ったく! なにボーッとしてんだアホ! グラウンドの上で気を抜くなら監督に言って代えてもらうぞ!」
ボールを拾ってからも消沈状態のままで立ち尽くしている守から、船曳は無理矢理ボールを奪ってこう言った。
「まだ同点だ! 試合が終わったわけじゃねぇ! この回を同点でしのいで、表の俺のホームランで勝ち越して、その裏を抑えれば俺達の勝ちだ! 俺がヒーローになるそのシナリオのためにも、もうこれ以上の失点は許されねぇんだよ!」
「……船曳……」
「……テメェにヘコんでる暇はねぇだろ。マウンドのエースを見ろ。打席の化け物を見ろ。ベンチにいる、テメェの好きな女を見ろ……!」
船曳の言葉に従い、守はマウンドを見る。
マウンドでは鈴本が「気にするな」とでも言いたげに白い歯を見せて笑っていた。
次いで守は、バッターボックスを見る。そこでは怪物原田が、守の向こう側にあるレフトスタンドを見つめていた。
そして守は、ベンチを見る。すると、守を信じて見つめる結と目線が合った。
「…………………………そうだよな……下ばっか向いてちゃ、結の顔が見れねぇよな……」
「そういうことだ、このムッツリ野郎! とっとと名誉挽回して、俺に見えないところでイチャつきやがれ!」
船曳は豪快に笑いながらも、それなりの嫉妬がこもっていそうなほど強く守の尻をひっぱたいた。
「いってぇな! でもありがとよ、キャプテン!」
「礼はプレーで返せ! とりあえず、この回同点でしのぐぞ! 鈴本!」
「……分かってるよ。どうせ楽しむなら、勝って楽しみたいしな」
鈴本は深呼吸をして、東の空に見える青空を見上げる。いつの間にか雨はあがっており、あと数分も経てば空を覆う雨雲はきれいさっぱり消え去ることだろう。
「……お天道様に、俺達の勝利を奉納してやらなきゃな」
最後の力を振り絞り、鈴本は原田に直球勝負を挑む。
初球の147kmストレートに、原田はフルスイングで応えて打球をバックネットへと飛ばした。
(……フッ、さっきの柳田の時よりも球に力があるな……柳田の奴が一塁ベースから嫉妬の目をこちらに向けているぞ)
鈴本はひたすらストレートを投げ続け、原田もコースに関わらずフルスイングをしてカットし続ける。
まさに男と男、力と力の真っ向勝負を、観客達はおろか両ベンチの選手、監督も
「……すごい……これで10球ストレート、全部ファール……」
「……まるで、この勝負が永遠に続くかのように錯覚してしまうな」
「……そうじゃないのが、残念です」
結も、音羽監督も、直感する。この長い長い勝負は次で終わると。
今日1番の笑顔を見せる鈴本と、打席で微笑みながら涙を流す原田。そして、2人の勝負を見物するかのように顔を出した太陽が、勝負の終わりを感じさせたのである。
「……フンッ!」
太陽に照らされる鈴本が投じたのは、真ん中よりやや低い148kmストレート。この日100球以上を投げた投手のボールとは思えない、スピンの利いたノビのある直球を、原田のバットの真が捉えた。
打球は高く、高く、高く上がり、やがて太陽と1つに重なる。その神々しい眩しさに見る者は目を
「……追っかける必要なんてねぇだろ。落ちる場所はもう決まってんだからよ」
そう呟きながらマウンドを降りる鈴本の背後で、白球はバックスクリーンに直撃した。
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