第42話 最後の最後で
「ボール! フォアボール!」
『ああっと! 1点を追う11回裏の横浜蒙光高校、先頭打者の9番細川がフォアボールで出塁しました!』
「よっしゃあ! ナイッセン、細川!」
「続け藤原ァ!」
1点を追いかける横浜蒙光は、絶対に追いつくという気合いを全面に押し出して全員で鈴本を威圧する。
鈴本は決して、それに気圧されているわけではないのだが……彼の顔は、いつもより明らかに強ばっていた。
(後3つアウトとれば勝ちなのに……体が重い。勝ちを目前にしたプレッシャーのせいか? ここまで投げてきた疲れのせいか? さっき食らったデッドボールのせいか? ……多分全部だ。全ての要素が重なって、俺の足を全力で引っ張ってきやがる……1人じゃあきっと、俺は負けていただろうな……)
鈴本が次に投じた外角いっぱいへのボールを、横浜蒙光の打者はコースに逆らわずに流し打つ。痛烈な打球が三塁線を襲うが……
「フンヌッ!!!」
『サード捕ったァ!』
「船曳! 二塁間に合わない! 1つ確実に殺せ!」
「おうっ! 任せろォッ!」
守の指示に従い、船曳は一塁にボールを投じてワンアウト。勝利まであとアウト2つである。
「よっしゃ! ワンアウトワンアウト!」
「ランナー二塁! 落ち着いて1つずつアウトとってけ!」
「外野前進しとけ! テキサス(ポテンヒット)警戒で!」
勝利を目前にしても平常心でいつも通りのプレーを見せる頼もしいバックを見て、鈴本の体も心なしか少し軽くなった。
少し余裕の出来た表情で打者と向き合い、いい意味で力を抜いて投げられたボールはアウトローいっぱいへと決まる。
「……クッソ、やらかした!」
横浜蒙光打者の打った打球は、セカンド正面への平凡なゴロになる。
セカンド沖田はしっかりと腰を落とし、転がってくるボールを確実に受け止めようとするが……
(……んなっ、イレギュラー!?)
雨でぬかるみデコボコになった地面のせいで、沖田の手前で打球はイレギュラーバウンドする。
打球は沖田の構えたグローブよりも高い位置に向かって跳ねたが、沖田はグローブを使わず体全体を使ってこれを止めた。
(後ろに逸らしたら同点だ! それだけは絶対に避ける!)
「副キャップ! 落ち着いて投げろ! 間に合う!」
「おうっ!」
自分の胸に当たって地面に落ちたボールを落ち着いて拾い上げ、沖田は一塁へと送球。
ファースト門倉が必死に体を伸ばしたこともあり、間一髪でアウトになった。
「よっしゃ! ツーアウトツーアウト!」
「ランナー気にする必要はねぇ! バッター集中でいけ! 鈴本!」
試合終了まであとアウト1つと迫っても、朱護学園ナインに緊張や重圧はない。いつも通りに大声を出して、いつも通りに状況の確認をしあう。
そんなバックに釣られるように、鈴本もいつも通りのさわやかな笑顔に戻り……次の打者と対峙する。
『……3番、センター、柳田クン』
「……いい感じにムカつくツラに戻ったじゃねーか、鈴本クンよぉ」
万全のコンディションに戻った鈴本との対戦を心から楽しむような笑顔で、柳田も左打席に立つ。
今の2人にとって試合の勝ち負けは二の次の扱いであり、最優先すべきことは……今この瞬間を思う存分楽しむことなのである。
「……テメーに勝って、思う存分笑ってやる」
アウトコースへの144kmストレートに合わせて、柳田はバットをフルスイングする。
柳田はショートの頭の上を抜くイメージでバットを振ったのだが……鈴本の球威に押しきられ、打球はショート正面への平凡なゴロになってしまった。
(うっし! 勝った!)
(クソがぁ! なんでゴロになんねん!)
鈴本は勝利を確信してガッツポーズをとり、ベンチの結や監督も打球がショート正面に飛んだ瞬間気持ちを舞い上がらせた。
勝った。そう、朱護学園の誰もが思い込んだ。
……その時。
「……あっ……」
守の直前で、打球はまたしてもイレギュラーした。しかし、守はそのイレギュラーにも反応してボールをグラブの中に収めることに成功する。
が、その代償として体勢は明らかに不安定になる。バッターランナーは俊足の柳田。内野安打でも同点の状況。その焦りから、守は不安定な体勢のまま送球に移ろうとした。
それに加えて、雨で冷えた指先、濡れたボール、直前のイレギュラーによる動揺。
それら全てが、守の指からボールを滑り落としたのである。
「…………………………っ」
『お、落とした! 名手森内、ボールを掴み損ねて手から落としてしまったぁ! これで横浜蒙光、試合を振り出しに戻しましたぁ!!!』
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