第41話 激走

(きたキタきたキタァ! 同点で迎えた延長11回! 二死ツーアウトながらランナー一三塁の勝ち越しの大チャンス! ここで……ここで!)


『2番、セカンド……沖田クン』


(俺に打席が回ってくる! 遂にやって来た、地味脱却の好機! ここで打たねば俺は永遠に地味なまま! 俺が打たねば誰が打つ!!!)






「ボール、フォア!」


「打たせてくれよこん畜生!!!」


『さあ、結局2番沖田にはストレートのフォアボールで二死ツーアウト満塁! 朱護学園高校勝ち越しのチャンスは続き、ここで迎えるバッターは……』


『3番、ライト……柳生クン』


「……フッフッフッフ……悪いな沖田よ。やはり試合を決めるのは、主役の俺でなくてはならないようだぜ……」


 打者を見下す万谷を、更に高い位置から見下ろしているかのような自信満々の顔で、柳生はバッターボックスに立つ。

 自意識過剰、ナルシストとも言えるほどの自信家である柳生は、気迫で相手の自信を折るピッチングをする万谷にとっては最も相性の悪いタイプのバッターだった。


(万谷……お前には感謝しても仕切れない恩がある。リトル時代の最後の大会、それまでずっと補欠だった俺は最終回の思い出代打でお前と戦い……人生初のホームラン。それで自信をつけた俺はシニアで大活躍して日本代表にも選ばれた……お前が俺に自信をつけさせてくれなきゃ、俺は今頃ここに立ってはいないだろうよ)


 ここで勝負が決まりかねない大一番とは思えないほど、柳生はリラックスして打席に立っている。

 何か特別なことをしなくとも、いつも通りのことを普通にやれば打てるという確信を持っているが故だ。


(見とけよ万谷。お前が未だに根に持っているホームランを打った下手クソは、今やこんなに立派な野球選手になりました。……甲子園で大活躍して、美人のチャンネーと付き合うことも大事ですが……その前に、恩人への恩返しをしようと思います!)


 柳生が思いきって引っ張った打球は、火を吹きながら一塁線を飛んでいく。

 すぐに反応して打球に飛びついたファースト原田は必死に手を伸ばして打球を止めようとするが……


(届いた! ……いや!)


 ボールは1度はファーストミットの先端に収まるが、打球にかかった鋭いスピンが大人しくすることに抵抗する。

 原田はそのスピンを抑えられず、ボールをミットの中からこぼしてしまった。


「落ちてる! ボール落ちてるぞ! 柳生!」


「死ぬ気で走れェ! 間に合う!」


 ミットからこぼれ落ちた打球は、一塁側のファールグラウンドを転々とする。

 原田はすぐに体を起こしてボールに追いつくと、一塁ベースカバーのために全力疾走する万谷に向けてボールを送球した。


「「だあああぁっ!!!」」


 柳生と万谷による、一塁への全力の競争。それまで万谷に対して余裕の笑みを見せていた柳生も、鬼の形相で柳生を睨み付けていた万谷も、お互いに必死さを隠そうともせずに一塁ベースを目指す。


((勝つのは、俺だ!!!))


 ライバル同士の意地がぶつかり合った、雨中の激走を制したのは……


「……セーフ、セーーフ!!!」


『際どい判定はセーフ!!! 柳生の一塁強襲の内野安打で、遂に朱護学園1点を勝ち越したぁ!!!』


「「「よぉぉっしゃああぁ!!!!!」」」


 延長11回の表。朱護学園高校が遂に1点を勝ち越し。

 そしてその裏、試合を終わらせるべくエースはマウンドに向かうのであった。

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