第39話 打てない

「デッドボール!」


『ああっと!? これは鈴本にとっても万谷にとっても痛いデッドボール! しかし朱護学園にとっては勝ち越しのチャーンス!』


「よっしゃあ! 先頭バッター出たぞ!」


「鈴本ォー! よくやったけど大丈夫か!?」


「ハハッ、全然ヘーキヘーキ! 心配すんな!」


 エースの容態を心配するチームメイトをよそに、鈴本はボールが当たった箇所をスプレーで冷やしてからすぐ、元気に一塁に向けて走っていく。


「……あれなら、まあ大事はなさそうですね」


「うむ……貴重なノーアウトのランナーだ。この回こそ勝ち越しを狙うぞ」


 続く8番清水に、音羽監督は送りバントの指示。これを清水は確実に決めて、朱護学園は一死ワンアウト二塁のチャンスを作る。


「ここで、今日1番ノッている男だ。今日の森内なら、何かやってくれると信じている」


「……頼むわよ、守……!」


『……9番、ショート……森内クン』


 今日の守は、3打数2安打2打点。ここで打てば猛打賞に加え3打点目も期待出来る。


(……さーあ、見てろよ、結。チームの勝利のために、そして試合後のお楽しみを充実させるために……俺は絶対に打つ!)


 今日の試合で残している結果が作った確固たる自信を胸に、守は左の打席に立つ。

 いつも通りにバットを短く持ち、どんなボールが来てもバットに当てるという根性を投手にぶつけるべく、万谷を睨み付けたその時……


「………………」


 守は、万谷の放つ殺意に気圧された。比喩ではなく、本当に自分はこの男に殺されるのではないかと思わされた瞬間……守の敗北は決まったのである。


「ストライーック!!!」


(……なんでだ……なんで俺には、コイツがこんなにデカく見えるんだ……!)


「ストライーック!!!」


(俺には、まだ早いってことなのか!? 今の俺の実力じゃ、こんな試合を決めるような大事な場面では、打てないってことなのか!?)


 どれだけピンチを作ろうとも、その度にギアを上げると共に圧倒的な気迫を放ち打者を萎縮させる。それが横浜蒙光のエースである万谷稔彦なのだ。

 絶対に打たれてはいけない場面で彼が投げる、実力と精神力が高い次元で噛み合ったボールは……気合いだけで戦っている守には到底打てるものではない。


「ストライック、バッターアウッ!!!」


『3球三振!!! 今日2安打2打点の森内に対して万谷、ここはエースの気迫を見せつけツーアウト!』


「……やられたか……」


「……守……」


 大きな期待を込めて打席に送った守が倒れたことで、朱護学園ベンチは意気消沈のムードを隠せずにいる。

 そのムードを作り出している張本人である守は、ヘルメットを深く被ったまま、うつむきがちにベンチに戻ろうとしていたが……


「……守クン。万谷の球、どうだった?」


 そんな守に、ネクストバッターズサークルの小久保が声をかける。


「……速いし重い。1球もバットに当たらなかったけど、見てるだけでよく分かった」


「……俺なら打てそう?」


「……当てさえすれば、お前の足ならなんとかなるかもな」


「OK。それが分かれば充分だ」


 最後に守の肩をポンと叩くと、小久保は守に笑顔を見せながらバッターボックスへと向かう。


「下ばっか見ずに、俺の打席見といてくれよ。絶対後ろに繋ぐからさ」

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