第38話 延長戦

「……やられたな、大将」


「うむ。完敗だったな……次の打席で、なんとかやり返したいものだ」


 一塁側のベンチに戻って悔しがる柳田と原田だが、その表情は晴れやかであった。

 自分達がベストを尽くしたプレーを相手の素晴らしいプレーによって阻まれたのであれば、相手を素直に称賛すべきだと彼らは考えているからだ。


「……次の打席なんてねぇよ。俺がここでサヨナラホームラン打ってやる」


 もっともこの男は、何があろうと自分の敵を称賛したりはしないだろうが。


『5番、ピッチャー、万谷クン』


 二死ツーアウト、ランナー無し。人にもよるだろうが、万谷にとっては最もチームプレーを気にする必要のない、好き勝手することが出来る状況である。


(狙うは、サヨナラホームランのみ)


(……とか考えているのは分かりきっている。だからこっちは、それを防ぐための配球を心がければいい)


 清水が攻めるのは、徹底して低めとアウトコース。大ケガはしないコースを執拗に攻めて、万谷を追い込むところまでは到達した。


(とはいえ、流石に似たようなコースをここまで続ければ敵さんも合わせてくる……そろそろ、エース様の好きなボールを投げさせてやろうか)


 清水が満を持してインハイにミットを構えると、鈴本は喜びを隠せない表情をしながら振りかぶる。

 清水は鈴本の表情でコースがバレないか心配しながらも、絶対に打たれることはないだろうという確信を持っていた。


(ウチのエースがああいう顔で投げたボールは、誰にも打てねーよ)


 149kmの唸るストレートに、万谷のバットは空を切る。

 その瞬間、鈴本は球場全体に轟くほどの大声量で雄叫びをあげたのであった。






 試合は延長戦に突入。10回の表、朱護学園先頭の1番小久保は鈴本の作った流れに乗り、10球粘った末に四球フォアボールを獲得。

 これで万谷の連続奪三振を止めると、勢いに乗って二死ツーアウト満塁のチャンスを作るも……


「畜生ォ!!!」


「っしゃゴラァ!!!」


 6番宝生は三振。万谷が気合いで朱護学園に傾いた流れを引き戻し、ピンチをしのいだ。


 10回の裏の横浜蒙光高校は6番からの攻撃。しかし、ノリにノッている鈴本はここをあっさりと三者凡退に抑える。


「っし! ナイスピッチ、鈴本!」


「次の回お前からの攻撃だぞ! 気合い入れて打てよ!」


「分かってるっての。……試合は楽しいけど、流石に延長11回までやるのは疲れるからな……そろそろシメに取りかかろうか」


 11回の表、朱護学園の攻撃は7番、エースの鈴本天明から始まる。

 相も変わらず白い歯を見せながら打席に立つ鈴本に対して、万谷もこれまでどおりの鬼の形相を向けていた。


(あー……本っ当に、テメェは俺が見てて1番ムカつくタイプの野郎だぜ……殺し合いの最中にヘラヘラヘラヘラと、笑ってんじゃねぇよ!!!)


 初球、万谷はインコースをえぐるストレートから入り、鈴本の腰を引かせようとする。

 だがしかし、気合いが入りすぎたのか、それとも雨や疲れで手元が狂ったのか、いずれにせよ万谷はコントロールを乱し、右手から離れたボールは彼の想定よりもさらに打者の内側に向かい……


「いでぁ!」


 鈴本の背中に直撃した。

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