第37話 夏のリバイバル

(……結局、汚ねぇケツ拭かせることになっちまったな……)


 マウンドからレフトへと戻った宝生は、先程まで自分がいた場所に立つエースの姿をまばたき1つせずに見つめていた。


(……俺の実力じゃあまだ、あの人の立つ神聖なマウンドを汚すことしか出来ない。以前の俺は、それが怖くてマウンドから逃げていたんだが……もう、怖がっちゃいけないよな。来年は俺が、あのマウンドに立たなきゃいけないんだから)






(最高、最高、最高だぜ! 嗚呼ああ、マウンドのなんて素晴らしいことか!!!)


「ストライーック!!!」


『いきなり147kmのストレート! これには流石の原田も空振りだぁ!!!』


 1点取られればサヨナラ負けが決まる極限の状況。その中で鈴本は、野球大好きなわんぱく小僧のようにマウンドで楽しそうに跳ねていた。


「……おたくのエース、ホンマにガキみたいにヘラヘラしとるやっちゃな。ウチの般若はんにゃの面着けたエース様とは大違いや」


 二塁ベース上で、柳田は守にそう話しかける。隠し球のトラウマからか、守のグラブの中身をチラチラ確認しながら。


「いいじゃねぇか。どうせ高校野球なんて部活なんだ。あんな風に楽しんでやる方が健全だと思うぜ」


「……せやな、俺も好っきゃで。クールな女の子よりは楽しそうに笑う女の子の方がな」


「お前の女の趣味は聞いてねぇよ。……っと、ファールか」


 原田がジャストミートしたかと思われた打球は、一塁側のファールゾーンへと落下した。

 これで2球でツーストライク。鈴本の顔は、3球三振を狙っている顔である。


「……なんやアイツ。3球でウチの大将仕留めようってのか? 思い上がってんなぁ」


「……ウチのエースならやってくれるさ。もしやれなくても……俺達8人の誰かが代わりに原田を仕留めればいい」


 試合中盤から降り始めた雨が、次第に強くなってくる。そんな状況でも鈴本の体は冷えるどころか、体の内から沸き上がる闘志によって火照ほてっていた。


(ああ~……楽しい、楽しいぜ! 外野帰りだからか、いつも以上にマウンドが楽しく感じる! もっと投げたい! もっと、もっと! だからこんなところで、試合を終わらせてたまるかよ!!!)


 鈴本渾身の148kmのストレートが、インコースいっぱいへと食い込んでくる。並のバッターならば詰まらされるところだが、原田は力でそれを強引に前に飛ばした。


「!!!」


 打ち返したボールは、マウンドの鈴本のすぐ右側に向かってライナーで飛んでいく。鈴本は反射的に左手に着けたグローブを打球に向けて伸ばすが、到底間に合うことなく打球は抜けていく。


(全然届かねぇ! 打球速度速すぎるんじゃ!)


(決まった! さあ、後は俺がホームに帰るだけや!)


 原田が打球を打ち返した瞬間に、柳田はホームだけを見据えてスタートを切った。

 打球はセンターへ抜ける。試合に勝てる。横浜蒙光の誰もがそう信じて疑わなかったその瞬間、原田は思い出していた。


 夏の朱護学園との練習試合、これに近い場面で自分が打った、似たような打球を。


(あの時は確か……そうだ! あのショートに!!!)


「だああぁ!!!」


 原田が思い出した“あの時”と同じように、打球は外野まで届くことはなかった。ショートの守が横っ飛びでライナーを捕球すると、そのままセカンドランナーが飛び出していた二塁ベースをタッチして……


「アウッ!!!」


『と、捕ったぁあ~!!! ショート森内のスーパープレーはダブルプレーに! 朱護学園高校、サヨナラ負けのピンチを脱出しましたぁ!!!』


「よっしゃあぁあ!!!」


「守ぅーーー!!!」


 球場の雰囲気は、一変した。つい数秒前までは横浜蒙光によって支配されていた球場を、鈴本の登坂と守のファインプレーによって朱護学園が取り返したのである。


「……ホンマに、今日はお前にはやられっぱなしやなぁ……ショートよ」


「……森内だ。名前くらいは覚えて横浜に帰ってくれよ」


 「ここも横浜や」と苦笑いで返しながら、柳田はベンチへと戻っていった。

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