第35話 エースのプライド

『同点! 同点! 7回表、朱護学園高校! 9番森内のタイムリーで同点に追いつきましたぁ!!!』


「いよっしゃああぁぁっ!!!!!」


「森内ィィ!!!!!」


「っしゃああ!!!」


 守は一塁ベース上で力強く手を掲げ、それを見た結と宝生は思わず目から熱いものをこぼしそうになった。

 一方、追いつかれた横浜蒙光ナインは1度マウンドの万谷のもとへと集まり、悪い流れをなんとか断ち切ろうとする。


「……万谷、まだいけるか」


「……まだいけるか? って言われていけませんって言う腑抜けはピッチャーやらねぇよ。俺はまだ元気だ」


「……ふむ。心配はしていなかったが、まだ目は死んでいないな」


「打たれたことよりテメェらに心配されたことがショックだぜ……この回は同点でとどめる。裏の俺の打席ですぐ勝ち越すぞ」


「おうっ!!!」






「……なんだ、二塁からホームに帰ってくるまでの間にマシなツラになったじゃねぇか」


 同点のホームを踏んですぐ、プロテクターを着けて宝生のもとへと歩み寄った清水がそう口にする。


「……先輩にケツ拭いてもらったのに、まだ漏らしたことを引きずってわんわん泣くのは申し訳ねぇだろ」


「そうだな。俺達は今までも、これからも、数えきれないくらいこの先輩方に自分のケツ拭いてもらうことになるんだ。1回拭いてもらうごとにいちいち悪く思う必要はねぇわな」


「ああ……この時の気持ちを忘れなきゃ、来年俺達がケツ拭く立場になっても大丈夫なはずだ」


「……来年の話はまだいいだろ。まずは今日を、どれだけケツ汚そうとも終わらせるぞ」


「おうよ」






『……7回の裏、横浜蒙光高校の攻撃は……5番、ピッチャー、万谷クン』


「打たせてこい! 宝生!」


「どんな打球でも捕ってやらぁ!」


 バックを守る野手陣の声援……というにはかなり荒々しい声に背中を押され、宝生は強打者万谷へと立ち向かう。


(追いついてもらってすぐ、勝ち越されるわけにはいかねぇ!)


 内角、やや甘いコースへのボール。絶好のホームランボールに万谷は舌なめずりしながら食らいついたが……


(……手元で、曲がる……!)


 バットの芯でボールを捉えることが出来ず、打球は平凡なショートゴロとなった。


(……なるほどな。手元で動くクセ球か……普通のストレートと同じ感覚で叩きにいくと……)


「セカン!」


「ツーアウト、ツーアウト!」


(あんな感じで、内野ゴロの山を築くだけ……外野にフライ飛ばした奴のことは知らね)


「……どうや、万谷。アイツシバけそうか?」


「……あの手のクセ球ピッチャーとは対戦経験が全然ねぇから難しいが……とりあえず、ボックスの前に立ってみて、変化する前にシバくのを狙おうか。幸い球速もコントロールも大したことねぇから、前に立っても対応は出来るはずだ」


「了解。ほんなら次の俺の打席で……仕留めるか」






 7回の裏、横浜蒙光は三者凡退で終了。これで流れは朱護学園に傾いたのか、8回の表は無死ノーアウト一二塁のチャンスを作るが……


「クソがぁっ!!!」


『三振!!! 万谷稔彦、3者連続三振で見事ピンチを乗り切ったぁ!』


 4、5、6番を三振に斬り捨て、ピンチを脱出。


 8回の裏、横浜蒙光にボールを見極められはじめた宝生はランナーを1人出すものの……


「ショート、任せた!」


「おうよぉ!!!」


『捕った捕った! ショート後方へのフライは名手森内の今日何度目か分からないファインプレー! これでスリーアウトチェンジです!』


 味方の好守に助けられ、無失点でしのぐ。


 そして9回の表、朱護学園は7番鈴本からの打順だが……


「ストライク、バッターアウッ!」


「バッターアウッ!!!」


『2者連続! 前の回から合わせて5者連続の三振! 横浜蒙光エース万谷! ここにきてギアを上げたというのかぁ!?』


 あっという間にツーアウト。なんとか勝ち越して9回の裏を迎えたい朱護学園高校の打席に立つのは……


『9番、ショート、森内クン』


「守ーーー!」


「森内ィ! なんとか塁に出ろぉ!」


(……言われなくても分かってるよ……これ以上万谷のピッチングで、蒙光に流れを渡すわけにはいかねぇ……いかねぇんだが……)


 守にとっては今日4回目の、万谷との対決。ここまでは2打数2安打の2打点と、万谷相手に結果を残していた守だが……


(……打てる気が、しねぇ……なんで俺には、コイツがこんなに大きく見えているんだ? これが……名門のエースの、負けたくないという気迫だとでも言うのか……?)


「ストライク、バッターアウッ!!! チェンジ!」


『ここも三振!!! 万谷稔彦、驚異の6者連続三振!!! 名門のエースのプライドがこれでもかと炸裂するぅ!!!』


「うっしゃああっ!!!」


 万谷の魂の投球で流れは横浜蒙光に傾き、試合は最終9回を迎える。


「……遠い遠いセンターから見ていても、エース様の気迫は感じられたぜ……」


「うむ……あの力投に応えてやらねば、男ではないな」


「……おっしゃ。サヨナラ勝ちといきましょうや……最強クリーンナップの力でね」

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