第34話 届け
『……す、素晴らしい返球! これが柳田光聖! ランナー帰れば同点に追いつかれるところで、センターから起死回生のレーザービーム! これで朱護学園高校は
同点のチャンスに欲を出した結果、憤死してしまった宝生はしばらく頭が真っ白になっていた。
自分も鈴本のようになりたいというエゴで、三塁ベースコーチの先輩の判断を無視し、独断で本塁に突っ込んだ自分の軽挙を責めていた。
(……俺の、判断ミスのせいで……同点のチャンスを……俺は、俺は……)
「……立て、光」
いつまでもホームで固まっていた宝生の右腕を引っ張り、打席に向かう守が落ち込む後輩を無理矢理立ち上がらせる。
「……まもっちゃん……俺……」
「……まだ攻撃は終わってねぇだろ」
「………………あ……」
「……俺がお前のケツ拭いてやる。自分のケツ拭けねぇ後輩の面倒見るのが、先輩の役目だろうがよ」
そう言うと守は宝生を三塁ベンチ側へと押し出して打席に立ち、バットで丁寧にホームベースへと触れる。
「……次は、届かせる」
「……まだ泣くには早いわよ、光」
死にそうな顔でベンチへと戻ってきた宝生に対し、結はボールと彼のグローブを渡して出迎えた。
「……アンタにはまだ、やらなきゃいけないことがある。それを放り出して泣くんじゃないわよ?」
「……分かってる……これ以上、俺は先輩の足を引っ張りたくねぇ……」
宝生は顔を真っ赤にしながらも、差し出されたグローブとボールを手に取る。まだ残っている自分の仕事を果たすために。
「……大丈夫、守を信じましょう。私達なら、守はやる時はやる奴だって分かるでしょう?」
「……もちろん。結姐が信じるまもっちゃんなら、俺は信じられるよ……!」
「ファール!!!」
万谷が投げ込む力強いストレートに、守は根性でついていく。
ここまでの5球、万谷が投げたのは全てストライクゾーンへのストレート。ボール球も変化球も使わず、万谷は真っ向勝負で守をねじ伏せようとしているのだ。
(……打った手が痺れる……もう7回なのに、まだコイツはこんな重いボールを投げられるのかよ……!)
(テメェみたいな非力は、力でねじ伏せるに限る。次もストレートで……テメェの心を、叩き折ってやる!)
6球目もファール。相変わらずファールゾーンへと飛ぶ打球は素手でも取れそうなほど弱いが……一塁から守の打撃を見つめていた原田は気づいていた。
(……タイミングが合ってきている……明後日の方向に飛んでいたボールは、徐々にフェアゾーンへと近づき……)
「ファール!」
(……真後ろか。もう、タイミングは合わされたようだな)
しかし原田は、それを万谷に伝えることはない。この程度のことは万谷もとっくに気づいているだろうという信頼もあるのだが……それ以上に、この勝負に水を差すことは無粋だと思っているからだ。
(……これこそ、意地と意地がぶつかり合う男と男の勝負! ああ、なんと素晴らしい! これぞまさしく高校野球ッ!!!)
一塁で涙を流している原田のことなど気にもとめずに、万谷と守は2人きりの勝負の世界に入り込んでいる。
どちらかがどちらかを殺すまで出られない、弱肉強食の
(テメェを!!! 殺す!!!)
(素直に殺されてたまるかよ! 下まで堕ちてこいこの独裁者がッ!!!)
万谷の殺意のこもった、インハイへの150kmのストレート。そのストレートにタイミングを合わせて、守はバットを振り切る。
遂に前へと飛んだ打球は、力なくフラフラとセンター方向に向かって飛んでいった。
「俺が取る!!!」
打球にはセカンド、ショート、センターが同時に反応したが、真っ先にセンターの柳田が声をあげてボールの落下点へと猛進する。
(……なぜだ! 走っても、走っても、ボールに近づいている気がまるでしない……俺が走るよりも早く、ボールが重力に負けて落ちてきていやがる……!)
打球が弱いゆえに、ボールはそう高く上がらず、グラウンドへ向けて急速に落ちてくる。もはやボールと地球が再び接するまでの時間は、そう残されていなかった。
(……畜生! 打球がショボいせいで追いつけないだと!? ふざけんじゃねぇ! 俺はまだ走れる! 走って、飛び込んで……ボールを、もぎ取る!!!)
柳田が見せる、ボールへの執念。必ずボールを取るという、強い強い気迫が、彼の体をボールに向けて伸長させる。
(届けえぇ!!!)
「落ちろおぉ!!!」
ボールが落下地点に選んだのは、柳田のグローブではなく外野の芝生だった。
「落ちたあぁっ!!!」
「清水ゥッ、走れえぇ!!!」
打球が落ちた頃には、二塁ランナー清水は既に三塁ベースを回っていた。
すぐに立ち上がった柳田は急いでボールを拾い、ホームに向けて送球しようとするが……
「……ま、もう遅いわな……」
清水は雄叫びとともに、同点のホームを踏んでいた。
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