第33話 生きるか、死ぬか
(残る攻撃は3イニング……点差は2点ビハインド……ここでなんとしても1点は返す……いや……)
「そんなシミったれたこと言わずに、この回景気よく2点貰いまっせ」
今年の4月に神奈川に来て以来封印していた関西弁で、清水はそう万谷を挑発した。
「もちろん、俺のバットで」
「寝言は寝て言え、小便小僧」
万谷の口は荒いが、心は冷静である。初球、まずは意表をついたカーブでワンストライク。
(……違えよ。俺が待っているのは、それじゃねぇ)
(カーブにピクリとも動かず……反応出来なかったか、ハナから興味がないのか……)
2球目、様子見にもう1度、今度はボールになるコースにカーブを投げてみると、清水はピクリと反応してからバットを止める。
(今度は反応した……ったことは、カーブを捨てているわけじゃないってことか? ……まあいい。次のストレートは、迷いなく投じる……!)
(……勝負は次……わざとカーブに反応してやったんだし、次こそ投げてこい……!)
(どっちに絞ってんのか知らねぇが、打てるもんなら打ってみやがれ!)
(最初のストレートに、俺の全神経を集中させろ! これが最初で最後のチャンスなんだ!!!)
僅かに高く浮いたストレート。狙いドンピシャのボールを、待っていましたとばかりに清水はフルスイングした。
『打ったぁーーー!!! 大きい、大きい、これは入るかぁあーーー!?』
(……入れ、入れ、入れ、入れ、入れェ!!!)
「死ぬ気で取れェ! 柳田ァ!!!」
「おうよ!!!」
センターフェンス際、入るか、入らないかの微妙な打球。
センター柳田はフェンスに衝突しながらも、その打球をもぎ取るために腕を伸ばす。
「いっけぇえ!!!」
打球を押す声と押し戻す声。その2つに挟まれたボールは、フェンスを越えることなく……柳田のグローブを越えた。
『センターフェンス直撃!!! これはヒットになったぁあ!!!』
「よっしゃあぁ!!!」
打球がフェンスに当たったことを確認してから走った三塁ランナー船曳は悠々とホームイン。これで点差は1点となった。
「どうだぁ! まだ試合は決まってねぇぞ!」
「やったあぁ!!!」
ホームに戻ってきた船曳が雄叫びをあげ、朱護学園ベンチが歓喜に沸いている最中……二塁を蹴って三塁へと向かっていた一塁ランナー宝生は迷っていた。
(……どうする……ここで俺が一気にホームを踏んで同点に追いつくか、後ろのまもっちゃんにチャンスを託すか……)
センター柳田の肩を警戒して、三塁ベースコーチは宝生にストップの指示を出している。
しかし宝生は思い出していた。同点に追いつく流れを作った、エース鈴本のあの積極的な走塁を。
(……背後から急げという声が聞こえる。つまりはまだ、誰もフェンスに跳ね返って転々としているボールを拾えていない……)
そうこうしている間に、宝生は三塁ベースを蹴った。しかし今ならまだ間に合う。オーバーランした三塁へは、まだ戻ることが出来る。
(今の……ボールの、行方は……)
三塁を蹴るのと同時に、宝生はセンター方向へと首を振り向けてボールの現在地を把握する。
……ボールはまだ、外野の芝生の上で遊んでいた。
(……行くしかないっ!!!)
『おおっと!? 一塁ランナー宝生、三塁をも蹴って同点のホームへと向かっているぅうっ!!!』
「光ッ!!!」
「走れぇえ!!!」
朱護学園のベンチが宝生に対して祈るような声をあげているころ、外野ではようやく遊んでいたボールが野手の手元へと戻ってきていた。
「……遅えよ」
センターのフェンス際から、ボールのもとへ向けて全力疾走。素手でボールを拾うと、既に行っていた助走の勢いを殺さないまま、柳田は流れるようなしなやかなフォームで白球をホームへと帰す。
「レーザービーム!!!」
本家にも勝るとも劣らない低い弾道での返球は、脇目もふらず一直線に捕手のミットへと帰ってきた。
(……嘘、だろ……? このままじゃ、俺、俺は……死ぬ)
「……………………アウトッ!!!」
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