第32話 意地のぶつけ合い

「……鈴本が、エースが、マウンドから降りてもあんなに頑張ってチームを鼓舞しているというのに……主将の俺は、今日何も出来ていない……情けねぇったらありゃしねぇぜ」


 7回の表、先頭打者として打席に向かう5番船曳は、自分の顔を思いっきり殴って気合いを入れ直す。

 そんな船曳を、結は微笑ましく思いながら見守っていた。


「……あんたらしい気合いの入れ方ね、船曳」


「……これまでの不甲斐ない自分は殴り殺した。これから生まれるNew船曳に、是非とも惚れてくれたまえよ」


「……うん、期待してる。本命はもう変わらないけど、私の2番目になれるだけの活躍をね」


「……悪い女だぜ。俺が2番目でも満足しちまう甘い男だと知ってやがる」


 結とグータッチを交わしてから右打席に入った船曳は、自分で殴って赤く腫れた顔をマウンドの万谷へと向けた。


(……どいつもこいつも……朱護学園の連中は不っ細工な顔してやがる。顔真っ赤にして、泥まみれにして……女受けなんて気にせず、鬱陶しくまとわりついてきやがる……そんなだから、テメェらモテねぇんだよ!)


 未だスタミナが尽きる気配を見せぬ万谷は、終盤7回になっても150kmに迫る豪速球を投げ込んでくる。だかしかし、生まれ変わった船曳はもはやその程度の球速に怯むような男ではなかった。


「でらっしゃあい!!!」


 船曳が放った打球は、目で追えないほどのスピードでショートの横を抜けていった。


「よっしゃあ! このまま2つ……」


「そうはさせねーよ!」


 速いゴロで左中間を抜けるかと思われた打球に、異次元の守備範囲を誇るセンター柳田が追いついた。柳田は打球を捕球してすぐにボールを二塁に返し、船曳の二塁進塁を許さない。


「畜生が! このチート野郎!」


「チートの何が悪い! 顔真っ赤にしてムキになってんじゃねぇよ!」


「……それでも、先頭打者の出塁は大きい……2番目は無理でも私の3番目にはなれたわよ、船曳」


「……ちなみに結ねえ、2番目は?」


「……私が守と同じくらい長い間一緒に野球してる相手……アンタよ、光」


「……そりゃ嬉しいや。じゃあここは欲張って、結姐の1番を狙ってみますか」


 気合いで出塁した船曳の後に続くのは、6番宝生。彼も先程の船曳と同じように結とグータッチを交わしてから、左打席に入って万谷と相対する。


(……高校に入学してから夏までの間、俺は投手を諦めて野手1本でやっていた……やっぱり、俺的にはまだ自分の本職は野手だって気持ちが強い。だからこそ、この場面は野手として結果を残さないかんでしょ!)


 宝生は万谷のストレートを思い切り引っ張り、打球は一塁手ファースト原田の頭上目掛けて弾丸ライナーで飛んでいく。


(ジャンプ1番! ……無理か、届かん)


 原田の頭上を越えた打球はライト前へと落ち、一塁ランナー船曳は一気に三塁へ。

 これで朱護学園高校は、勝ち越された直後に無死一塁三塁の大チャンスを作り上げた。


「いいわよ光ぅ!」


「大チャンスだ! さあ鈴本、自分のバットで決めちまえ!!!」


「……よっしゃ。やったろうじゃないの」


 一方、横浜蒙光は野手をマウンドに集めてタイムをとる。とはいっても、彼らはタイムをとってもそう多くを語ったりはしないチームだ。


「……しっかり頼むぞ、エース」


 傲慢で、自己中心的で、責任感と拘りと負けん気がとにかく強い。そんな昭和気質のエースである万谷には、改めてエースに対する圧倒的な信頼を伝えるだけで充分なのだ。


「……頼むぞじゃなくて頼みますだろ。投手ってのはこのグラウンドで1番偉いヤツなんだからよ。……だから俺が……もうマウンド降りたようなヤツに負けるはずがねぇだろ」


 万谷vs鈴本のエース対決はあっさりと終わった。

 結果は3球三振。1人でマウンドを守り抜く万谷が、意地で鈴本をねじ伏せた。


「……悪いな、後輩。……だらしない先輩のケツを拭いてくれるか?」


「……もちろんですよ。俺は別れた旦那にも愛想尽かさない良妻なので」


 7回表、状況は一死一三塁。打席には1年生捕手の8番清水が立つ。

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