第31話 勝って楽しもうぜ
『選手の交代をお知らせいたします。朱護学園高校、
柳田に勝ち越しのホームランを打たれたタイミングで、鈴本は自らマウンドを降りる決意をした。
『抑えても打たれても今日は柳田で最後のつもりだった。今日はもう疲れたわ』
そう言って鈴本はベンチに下がろうとしたが……音羽監督はそれを許さず、鈴本を宝生のいたレフトへと入れた。
『俺達が取らなければならないアウトは残り10個……そのどれかを取るために、必ずお前の力は必要になる』
(……アウト後10個、か……そうだよなぁ、まだ諦めてないんだよなぁ……みんな……)
レフトの守備位置から鈴本は遠い目をして、マウンドに立つ後輩の背中を見ていた。
『4番、ファースト、原田クン』
(……いきなり神奈川最強バッターと
鈴本の後を受けた1年生、宝生はそう愚痴る。なぜなら彼は、自分ごときが原田を抑えられるとは欠片も思っていないからだ。
(……そもそも俺は高校入学してすぐ、鈴本さんの投げる球を見てピッチャーを諦めた男。新チームになってなぜか投手に再チャレンジすることになったとはいえ、本来俺はその程度のピッチャーなんだよ)
鈴本の後を託された宝生は、ガチガチになって固まっている。そんな同級生をみかねた捕手の清水は、レフトを指差して宝生にそちらを見るよう促す。
(レフト……ああ、鈴本さんがいる……)
鈴本は腕を組み、じっとマウンドを見つめている。今の彼が考えていることは宝生にも清水にも分からないが、彼のこれまでのエースとしての言動はよく覚えている。
(……俺は、あの人とは違う。それは大前提だ。でも、俺はあの人と同じ場所に立たされている。あの人と同じ行動をしなくちゃいけないわけじゃないが、あの人が絶対にしないことをここで行うのは……失礼に値するだろ!)
「……もう逃げるなよ、俺……デカい壁にも、立ち向かえ……」
宝生は右のオーバーハンドである鈴本とは全く違う、左のスリークォーターである。オーソドックスな投球スタイルのレベルをとことん高めた鈴本に対し、宝生の投球スタイルは……
「当たって砕けろ、ボールよ後は任せた!」
球速は134km。140後半を安定してマークしていた鈴本と比べれば大したことはないし、投じられたコースも清水の要求よりも甘いコース。
当然、原田は遠慮なくそのボールを仕留めにかかるのだが……
(……ふむ……なにやら妙な、違和感)
原田はスタンドインさせるつもりでバットを振ったが、打球は思ったほどは伸びずに失速する。
(が……それでも左中間は抜けそうか)
(クッソ、いきなりツーベース……)
しかし、左中間のど真ん中に飛んだと思われたボールは、風に流されどんどんレフト側へと逸れていく。そして、そんなセンターからレフトへと吹く風に逆らうようにして外野を駆ける男が1人。
「どらあぁあっ!!!」
レフトに入っていた鈴本が、左中間を割ろうかという原田の打球へと飛びつき好捕した。
マウンドを降りた直後、後を継いだ後輩を野手として助けるプレーで朱護学園の士気は再びブチ上がる。
「鈴本さぁーーーん!!!」
「いいぞ鈴本ォ! ナイスキャッチ!」
「……やれやれ、自分からマウンドを降りるって言った時はどうなることかと思ったけれど……まだ野球
をエンジョイしてるようでなによりね」
グラウンドでともに戦う仲間が、ベンチから彼の頑張りを見ていた仲間が、全員で鈴本を、マウンドから降りてもチームを鼓舞するエースを出迎える。
「……やっぱ野球は、投げて打って走って守って……そして勝って楽しまなきゃな! さあお前ら! 次は打って楽しむぞ!」
「「「おぉうっ!!!」」」
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