第30話 愛しい女の姿
『打ったぁ! タイム明けの初球、いきなり痛烈な当たりが三遊間を抜け……』
「ねぇよこんちくしょう!!!」
鈴本が打たれた三遊間への打球を、守は飛びついて捕球する。そこから体をひねり、上半身の力だけで無理矢理ボールを二塁へと送球。
「アウト!」
間一髪で二塁はアウトにしたが、バッターランナーが俊足の1番打者だったこともあり1塁はセーフ。しかし、
「だらっしゃあ!!!」
続く2番打者の打った打球は三塁線への強烈な当たり。しかし、今度はサード船曳がこれを飛びついて捕球する。
「船曳、1つだ! お前は無理に俺のマネすんな!」
「分かってらぁ、
「そして伸びろ俺の手足! 割れろ股!」
飛びついてからすぐに立ち上がって一塁に送球した船曳。その投じられたボールを、体を伸ばして必死に捕球するファースト門倉。
きわどいタイミングだった一塁の判定はアウト。野手陣の踏ん張りによって、なんとかこの回を
「サンキュー! これでツーアウトだ! もう1つ頼むぜ!」
鈴本は気丈に振る舞って笑ってはいるが、投げているボールからは明らかに力がなくなっている。1番2番と続けて捉えた打球を打たれていることが、その何よりの証拠だ。
(やれやれ……いつもならこの程度の球数でバテることはないんだけどな……これが、横浜蒙光打線が投手へと放つ圧力……2点しか取れてなくても、これなら充分強力打線名乗れるわ……しかもここで来るのが、アイツ……)
『3番、センター、柳田クン』
「………………」
3打席目。隠し球で被った汚名を返上すべく、今回は歌を口ずさむことなく柳田は打席に立つ。
そんな普通のことをしただけで、捕手の清水は柳田への警戒をより一層強めるのであった。
(……おふざけなし。ガチ中のガチの真剣勝負ってことか……鈴本さん……!)
(言わなくても分かる。……コイツで今日は最後の気持ちで、全力投球いくぜ)
肩を軽く回し、ロジンを多少弄り、
そんな鈴本の笑顔とは対照的に、柳田はこの打席では終始仏頂面のままである。
(ここまでの2打席は、コイツに対して『逃げ』のリードで挑んだ……それで2安打打たれてんだから、リードを変えるしかあるめぇよ!)
清水が構えるのは、インコース。鈴本は清水がミットを構えた場所に向かって、ビシバシのストレートを決めてきたのであった。
「ストライーック!!!」
初球から振ってきた柳田は、鈴本のストレートにかすりもせずに空振り。その柳田の豪快なフルスイングに観客は沸き立ち、鈴本の雄叫びで2度沸いた。
(球威が戻った! これが限界に近い状態での火事場の馬鹿力ってヤツか……あるいは、柳田という強打者を相手に、投手としての本能が先輩に力を発揮させているのか……)
清水は鈴本のピッチングにテンションを上げながらも、冷静さは保って2球目を要求。
ボールゾーンへとストレートを投げさせた後、3球目は低めギリギリへのカーブで追い込んだ。
(まだ焦るな……攻めと無謀は違う。1球ボールを挟んでから、ここが勝負の球になります)
(OK。カッコよく三振奪ってやろうぜ)
清水が構えるのは、ど真ん中。鈴本は要求通りのコースにボールを投じ、柳田は待っていたとばかりにそれに手を出す。
(さあ、振れ! これは三振を取るためのスプリットだ! これでアンタは終い……)
しかし、柳田は空振らない。落ちるスプリットになんとか食らいつき、なんとかファールゾーンへとボールを運んだ。
(……今ので、三振とれないのかよ……会心のボールだったのに……)
「……俺もやられっぱなしじゃあらへんぞ、勝喜」
三振という『死』を前にして気持ちが昂ったのか、ようやく柳田がその口を開いた。
「耳が腐るほど聞いた、オカンの言葉が耳から離れん……『光聖! 男はやられっぱなしじゃアカンぞっ!』って、あのキンキン声でずっと言ってくんねん……」
今の清水に、柳田と会話している余裕はない。彼の話を耳に入れながらも、清水は必死に彼を打ち取る方法を考えると続けていた。
(スプリットが打たれたなら……もう、決め球に使えるボールはこれしかない! 鈴本さん、お願いします!)
(任せろ。可愛い後輩の期待は裏切れねぇよ)
鈴本の投じた、低めへの150kmストレート。この鈴本渾身の1球に、柳田は独り言を呟きながら立ち向かうのである。
「……こういう極限の状況では、男ってのは愛しい女のことを思うんだろうが……だとしたら、もう俺は認めなきゃならんなぁ……」
力感のない、完璧なスイングで、柳田は鈴本の剛球を天に向かって掬い上げる。
打った柳田も、打たれた鈴本と清水も、この打球がどこへ向かうかは目で追わずとも理解出来ていた。
「マザコンやって」
6回の裏、柳田光聖のバックスクリーンへと飛び込む勝ち越しツーランホームランである。
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