第29話 タイムはだいたいどうでもいい話で終わる
「……万谷」
守のスクイズによって同点に追いつかれた直後、横浜蒙光主将の原田はマウンドで腕を組んで立ち尽くすエース万谷に声をかけにいった。
「……なんだ」
「お前、凄い顔をしているぞ? そんなツラをTVの向こうの神奈川県民に見せたら最後、あっというまに我らが蒙光はヤンキーがエースを務める不良校扱いされるだろうな」
「現時点で既にウチはチンピラの巣窟だろうが。実情を知らずに、TVの向こうで勝手に幻想抱いてる連中のことなんざ気にするな」
「ハッハッハ! 違いないな! それでいい! お前がそんな顔をしているのは……他人ではなく、不甲斐ない自分に苛立っているからだろう?」
「……図星つかれて萎えたから、もう普通の顔に戻るわ……反省も、しっかりしたところだしな」
その言葉の通り、万谷は150kmを超えるストレートで後続を三振に斬り捨てるのであった。
5回の裏、表の攻撃でダイヤモンドを走り回った鈴本だが、疲れを見せることなく3人で横浜蒙光の攻撃を終わらせる。
6回の表、そんな鈴本に負けることなく万谷は朱護学園の2、3、4番を三者凡退に抑える。
「クソ柳生! 今回は抑えたぞ!」
「いい打球は正面に……まあ、こんな打席もある」
そして6回の裏、球数が区切りの100球に近づいてきたところで、鈴本にも疲れが見えはじめてきたのである。
「ボール、フォア!」
『ああっと、最後のボールは大きく外に外れてしまった! 朱護学園エース鈴本、先頭打者に痛いフォアボール!』
先頭打者への四球、ここで音羽監督はタイムをとって、野手陣をマウンドへ集める選択をとる。
「えー、監督からの言葉は……鈴本、今の状態を正直に言え! だそうです」
「疲れた! お前らの攻撃が短すぎて全然休めなかったせいだ!」
「俺は結構粘ったのに、地味だから覚えてくれないのか?」
「初球打ちしやがった柳生のアホに全責任被せよう」
表の攻撃であっさり凡退した沖田、門倉はそう言って笑いを誘うが、鈴本は笑いを見せながらも苦しそうに肩で息をしている。
先程の5回は走り回ってすぐマウンドに登ったためにまだハイの状態を維持出来ていたが、6回の表に中途半端な休みをとったことで肉体、精神両面の疲れがドッと降ってきたのだろう。
「……鈴本」
「……なんだい、守備大将……?」
「……無理に三振狙う必要はねぇ。遠慮なく俺達バックのところに打たせてこい」
「森内の言う通りだ。お前はお疲れかもしれねぇが、俺達はまだまだ元気いっぱい、100本ノックだって耐えられるからよ」
守が、船曳が。少しでもエースを楽にしてやるために声をかける。マウンドに登れない自分達が出来ることは言葉でエースを励ますことだけだと割りきっているから。
「……カナのエールならともかく、汗臭え男のエールじゃ体力なんて回復しねぇからなぁ……」
「女の声援でも体力なんて回復しねぇよ。女に幻想抱くな童の貞が」
「うるせぇ! カナとヤるのは甲子園行ってからだって決めてんだよ! 清純派のカナは容易には汚せねぇ存在なんだ!」
「そういうのキモいぞ」
「俺達ゃ猿だ。欲望に正直になりやがれ」
「門倉の言う通り、欲望に正直になれ……俺は、甲子園でホームラン打って結とヤりたい」
そう守が160kmの言葉のストレートを投げ込むと、朱護学園の内野陣は次から次へと自分の内に秘める欲望を語りはじめた。
「俺は熱闘甲子園に特集されて、知り合った女子アナと結婚する!」
「スタンドで俺のホームランに股濡らした巨乳のギャルとヤる」
「ホントにお前らは品がないなぁ……俺は……」
「黙れ! そんなんだからお前は地味なんじゃ!」
「まだ何も言ってないけど!?」
「……先輩方、性欲爆発させるのはいいけど、そろそろ時間ですよ」
「おい清水! お前だけ何も言わずに逃げるつもりか!」
「俺は京都にスタイル抜群の幼馴染み残してるんで。ちなみにもう卒業済みです。……言いましたから、さっさと解散しましょ」
「いや、まだ言ってねぇだろ。……お前は甲子園行って、何したい?」
「………………TVの出演料たんまりもらって、アイナと学生結婚したい」
「よっしゃ!!! じゃあテメェら、各々が甲子園に見た欲望を叶えるためにも……勝つぞ!!!」
「「「「「おう!!!!!」」」」」
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