第28話 1点、取ろうぜ

 マウンドの万谷は、苛立っていた。この場面で、今日再三自分を苛立たせている守に打順が回るという現状に。


(この場面でコイツに打たれれば、敵さんを流れに乗せるのは明白……だが俺がここでコイツを殺せば、流れを一気にこちらに引き寄せられるし……何より、俺がスカッとする!)


 こちらをじっと見てくる守の顔面をこれでもかと睨み付けながら、万谷はセットポジションに入って投球動作へと入る。


(9番のザコにイラつかされるのはここまでだ!)




「頑張れー! 守ー! なんでもいいから1点お願ーい!!!」


(鈴本君が三塁まで到達してくれたお陰で、得点パターンは一気に増えた! ヒットを打てれば1番いいけど、犠牲フライでも、転がし方によるとはいえ内野ゴロでも可能性はある! もちろん、四球で塁に出て小久保君に託すのもいいけど……私個人の感情としては、守に同点タイムリーを打ってほしい!)


「沢登」


「……はいっ!」


 守の打席で回ってきた、同点の大チャンス。この展開に思わず前のめりになって応援していた結の姿勢を、隣に座る監督の言葉が正させる。


「……いけると思うか?」


「……え?」


 刹那、結は監督が何を言わんとしているかを理解した。ランナー三塁で同点のチャンス、アウトカウントは1つ、打席には長打はないが当てるのが上手い守。カウントは1-1で、ピッチャー万谷は完全に打者のみに集中している。


「……いけます!」


「そうか、分かった」


 音羽監督は、ここで結がなんと答えようとも自分の選択を覆すことはないだろう。にも関わらず彼が結に自分の采配の是非を問うのは、少しでも自分の選択に自信を持ちたいから。


 決して生徒である結に責任を押しつけているわけではない。

 ただ、生徒の青春を背負い、負けたら終わりの試合の中で答えの分からない選択をし続けなければならない監督という仕事は……それほどまでに、心労が溜まるものなのだ。


(……なるほど、このタイミングで……)


 監督の出したサインを確認した守は、何事もなかったかのように再び万谷を睨みつける。

 当然、ムカつく相手に睨まれた万谷はムキになってインコースへとストレートを放るのだが……


 守は一塁方向へと体を逃がしながら、インコースを抉るボールに丁寧にバットを添えるのであった。


『スクイズだぁーーー!!!』


 守のバットに当たって跳ね返るボールは、弱すぎず強すぎない適度な勢いで一塁側へと転がっていく。


(うっし! 我ながら完璧なコースに転がした! 三塁ランナーの鈴本の足も遅くない! これなら確実に同点に……)


 一塁へと向かって駆ける守に向かって迫る、巨大な壁。

 その壁はどんどん近づき、大きくなり、守はおろか三塁から本塁に向かって駆ける鈴本が進む道すらも阻もうとしてくる。


(デカい……この圧力プレッシャーこそが、原田貞治……まるでブルドーザーみたいに、打球もランナーも纏めていて押し潰そうとしてくる!)


 守がバントの構えを見せた瞬間、原田は誰よりも速く足を前に動かしてプレスをかけてきた。

 守の転がした打球はホームに向かって一直線に前進してくる原田のグローブの中に収まり、それとともに原田はすぐさま送球体勢に入ると……本塁を諦め、一塁へとボールを投げた。


「天晴れなスクイズ。これで試合は振り出しか」


 三塁ランナーの鈴本は守を信じ、躊躇なく完璧なスタートを切っていた。原田がかけてくるプレッシャーなど知ったことかと言わんばかりに、ランナーが追い求めてやまない白い宝石、ホームベースだけにその純粋無垢な瞳を向けて走っていた。


「……これでダイヤモンド1周……思う存分、野球を満喫出来たぜ」


 鈴本はホームインした後、ホームベース上からしばらく動かずに恍惚の表情を浮かべ続けていたが……そんな彼の頭を、ベンチへと戻るついでに守は軽く叩くのであった。


「なーに満足してんだ。これで同点、まだ同点だ。すぐ勝ち越されないようにしっかりしてくれよ、エース」


「もちろん善処はするけど……お前らも俺の足引っ張るなよ?」

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