第27話 野球の神様と勝利の女神はどちらが格が高いのか

『5回の表、朱護学園高校の攻撃は……7番、ピッチャー、鈴本クン』


(……正直に言います。俺はスランプです。投げる方は絶好調でも、打つ方は未だに秋季大会ノーヒット。高校野球にもDH制を導入してくれと、こういう時には思います)


 鈴本は元々打率は高いタイプではなく、典型的な当たれば飛ぶ、下位打線で振り回させたいバッターである。とはいえそんな彼もここまでヒットが出ないのは人生はじめてであり、時にはナイーブになることもあった。


(しかし! こういう時こそ原点に立ち返れ、俺! 野球は投げて打って楽しむスポーツ! 何も考えずに来た球を振っていたあの頃を思い出せ!)


 万谷の投げたやや甘いコースへのストレートを、鈴本は思い切り叩いた。


(とりあえずバットを振れ! 振らなきゃお話にならねぇ!)


 鈴本が大振りで叩いた打球は、レフト方向へとグングン伸びる。が、ファールかどうかは微妙なラインへの飛球である。


(入れ、入れ、入れ! 野球の神様は、より楽しんでプレーする奴に微笑むんじゃ!)


 鈴本の願いが通じたのか、打球はギリギリフェアゾーンから切れる前にフェンスに直撃した。


「よっしゃあヒット!」


「鈴本、二塁狙え!」


 クッションボールを素早く処理したレフトから、素早い送球がセカンドに返ってくる。思いの外早いボールの内野への帰還を見た鈴本は、体力のことなど考えずに必死に足を前へと運ぶ。


(野球は、投げて打って走って楽しむスポーツ! どんな時も全力疾走! 勝利の女神は、どんな時も全力プレーする奴に微笑むんだよ!)


 セカンドがボールを捕球した時には、鈴本は息を切らしながらも二塁ベースに到達していた。


「さあ、塁に出たぞ! お前らそろそろ援護頼む!」


 エースが全力プレーでチャンスを作ってくれたのならば、野手がそれに応えぬわけにはいかない。

 そのエースとバッテリーを組む捕手ならば、なおさらだ。


『8番、キャッチャー、清水クン』


「……任せて下さい。いい女房ってのは、旦那の頑張りに報いるもんでしょ」


『さあ、朱護学園高校同点のチャンスで、バッターは8番の清水! 第1打席では二死二塁で打席が回りましたが結果は三振! ここではチャンスをものに出来るかぁ!?』


 第1打席では、清水は万谷のストレートに差し込まれたまま捉えきれず、最後はスプリットで空振り三振を喫した。

 当然万谷もそのことは覚えており、この打席も速いストレートを中心に組み立てて清水をねじ伏せようとする。


『初球は150kmのストレート! 万谷稔彦という男は、150kmを本当に軽く投げ込んできます!』


 やはり清水は、ストレートに振り遅れての空振り。中々ストレートを打てずに悔しがる後輩を、センターから先輩柳田はじっと見つめていた。


(……どうした勝喜ぃ? 俺達のソウル、関西弁を捨ててそこまで腑抜けちまったかあ? ……敵を応援するのもなんだが、いつまでもやられっぱなしでいるんじゃねぇよ。オカンが泣くぞ)


 清水も分かっている。自分が速いストレートを打てないことは。そして今のままではいけないと分かっているこそ、その理由を探しているのだ。


(……考えすぎてるんだ、俺は。他のみんながストレート1本に絞って他を捨てている時も、俺はもしものことを考えて保険をかけてしまう。もしストレートじゃなくて他の球が来ても対応出来るように、って)


 清水は1度打席を外して、考えを整理する。しかし、1人でなんでもかんでもやるのには限界というものがあり、清水はもう限界を迎えていたのだ。


(……クソ……情けない後輩を助けて下さいよ、エース……)


 清水が二塁ベース上の鈴本を見ると、彼は相変わらず楽しそうに笑っている。そんなエースの笑顔を見ているだけで、清水も釣られて笑顔になり、頭の中身を良い意味でシンプルにすることが出来るのだ。


(……俺は、ネガティブなんだ。ピッチャーと組んでいる時は、ポジティブなピッチャーが引っ張ってくれるからネガティブでもなんとかなるんだが、孤独に戦うバッターではそうもいかない……自力で、強気にならなきゃいけない……!)


 清水は吹っ切れる。他を全て捨てて、狙いを万谷のストレート1本へと絞る。


(難しいことはなんにも考えず、野球やっていた頃を思い出せ! あの頃はピッチャーが投げてくるボールなんて……ストレートしかなかっただろうが!)


 清水は低めのストレートを掬い上げ、打球はセンターの後方に向かってグングンと伸びる。


『打ったー! これは大きい、入るか、いや、センターの頭の上を抜けていくかぁー!?』


 抜けろと、朱護学園ベンチの誰もがそう思う。しかし清水だけは、後1歩が足りないと一足早く悔しがる。

 なぜなら彼は、朱護学園ナインの中で最も蒙光のセンターを守る男のことを熟知していたからだ。


「……悪いな、後輩。応援はしても、プレーで手は抜けねぇ」


『追いついたぁー! センター柳田、先程のミスを帳消しにするファインプレー! 背走しながら清水の打った大飛球を取る……んん!?』


 球場が柳田のファインプレーに湧いている陰で、二塁ベースから三塁ベースに向かって走っている男がいた。

 清水の大飛球を見た二塁ランナー鈴本は、タッチアップでの三塁進塁を試みたのである。


『す、鈴本がタッチアップしているぅ~!』


「えっ、ちょっ、鈴本君!? 無茶しないで!?」


「ハハッ、面白ぇ! この俺にここでも勝負を挑んでくるとはな!!!」


 センター柳田のレーザービームが、外野の1番深いところから三塁に向かって一直線に飛んでくる。

 しかしそんな柳田の矢を恐れることなく、鈴本はただ目の前の三塁ベースのみを見て走る。


「野球の神様と勝利の女神は、俺に微笑んでいる!」


 判定は間一髪でセーフ。エース鈴本は後輩清水の打撃を無駄にすることなく、一死三塁へとチャンスを広げるのであった。


(……危ない……今のは、柳田君が背走しながらボールを取ってくれたお陰。ギリギリのプレーゆえに後ろを向きながらの捕球となり、再び前を向いて三塁にボールを投げるまでに時間がかかったお陰。まあ、鈴本君も、柳田君の捕球体勢を見てスタートするって決めたんだろうけど……それでもあれだけギリギリのタイミングになる、柳田君の恐ろしさよ……)


『さあ! 鈴本の好走塁で朱護学園高校、同点のチャンスを更に広げる! ここで迎えるバッターは……』


(……まあ、鈴本君の判断には感謝しなくちゃいけないわね……だってこんな大事なタイミングで、守に打席が回ることになったんだから)


『9番、ショート、森内クン』

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