第26話 ギャンブル

(……大丈夫。ずっとインプレー中でボールデッドにはなっていない。鈴本へのも頼んだ)


 小雨がパラパラと降り始めた4回裏、横浜蒙光は無死ノーアウト二塁のチャンスで4番原田が打席に立つ。

 ピンチの中でも鈴本は笑顔を原田に向けながら、雨で濡れた指でボールが滑らないよう、念入りにロジンを弄る。


(雨が降ってきたのも好都合。違和感なくが出来る……後は、調子に乗っているこの宇宙人が、痺れを切らしてリードをとり始めるのを待つだけ……)


 滑り止めを十分に手につけた鈴本は、ゆっくりとマウンドの天辺てっぺんにある投手板へ向けて歩を進める。


(……タイムリミットは、鈴本が投手板を跨ぐまで。鈴本は違和感を持たれない程度にゆっくり動いてくれている。後は……コイツが1歩でも塁から離れれば!)


 守の願いが通じたのか、鈴本が投手板を跨ぐ前に二塁ランナー柳田はリードをとるため、ベースから足を離した。

 とにかくじっとしていられない。このノリにノッている感覚を、体を動かすことで維持し続けたい。柳田はその一心で、三塁への盗塁を狙うべく大きくリードをとろうとしていたが……そんな彼の腰に、何か硬い球体が当てられるような感覚がした。


「……テメェ……まさか……」


「隠し球。卑怯とは言うまいな?」


『な……なんと隠し球ぁ!? た、確かに規則で禁止されているわけではありませんが……まさか高校野球で、隠し球を行うとはぁ! さ、流石は神奈川四天王同士の戦いというべきでしょうか!?』


 隠し球は正々堂々としたプレーではないとして、高校野球においては禁止されるのが暗黙の了解である。

 しかし規則として禁止されているわけではない以上、歴史上では何度か高校野球でも隠し球が行われている。あの1979年の甲子園の伝説の一戦、箕島高校vs星稜高校でも、隠し球によってサヨナラのピンチを免れる一幕があった。


「狙うんなら、お前が調子に乗りまくってる今だと思ってね。注意散漫になってくれていて、ありがとう」


「……………………クソがぁ……!」


 これで、無死二塁が一死ランナー無しになった。打者との勝負では滅多にかかない冷や汗を拭った鈴本は、演技を終えたことで堂々と投手板を踏み、打席の原田と対峙する。

 一方の原田は、とても鈴本との対戦を素直に楽しめない心境になっていた。


(大馬鹿者が……自分で作った流れを、自分で手放してどうする……ここは俺が、再び流れを引き戻したいところだが……)


 原田は痛烈な打球を放つが、その打球はショート守の真正面に飛んでしまい、これで二死ツーアウト


(ふむ……流れに呑まれてしまったか)


 続く5番万谷は、レフトへ向けて大きな当たり。スタンドインかと思われたが、打球を押し戻すような風に阻まれ……


「……あっぶね。身長が後5cm低ければヒットだったぜ」


 レフト宝生がフェンス際ギリギリでキャッチ。結局この回は横浜蒙光クリーンナップが、3人で攻撃を終了させてしまった。


「………………」


 当然、この嫌な流れを作ってしまった柳田は反省する。チーム1のお調子者も、流石にここでは何も言わずにセンターの守備へと向かおうとしていたが……


「柳田」


 そんな柳田に、主将原田が声をかけた。


「この嫌な流れを作ったのはお前だ。もしこの回点を取られれば、それはお前の責任だな」


「……失敗したチームメイトを更に責めることが、主将のやることかい?」


「ガラにもなく落ち込んでいる仲間にカツを入れることが、主将の勤めだ。……次の打席、必ず挽回しろ」


「……おうよ」

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