第22話 横浜発、甲子園行きバス
1回の裏。横浜蒙光高校の攻撃は打者2人であっさりと
(今日という日に向けて調整してきたからな……いい滑り出し、絶好調だぜ)
(まだ油断は禁物ですよ、鈴本さん。横浜蒙光の打線はここからが本番……まずは、この宇宙人を抑えないと)
捕手の清水が見つめる一塁側のネクストバッターズサークルから、その男はよく分からない歌を口ずさみながら打線へ向かい歩いてきた。
「な~にが~トリプルスリーやねーん♪︎ そんなのよ~りも~真のギータは……」
『3番、センター……柳田クン』
「……俺でっせ」
「……相変わらず独り言がうるさい人ですね。1回福岡のファンに殴られに九州まで行ったらどうです?」
清水と柳田は、同じ京都のボーイズ出身の元チームメイトである。元々先輩相手にも歯に衣着せぬ物言いをする清水だが、柳田に対しては先輩として何も尊敬出来ないとして更にキツい物言いをしている。
「嫌や。俺は中学の遠足で行った厳島神社より西は怖くて行かれへん。こっちに来たばかりの頃も、宇治のオカンの顔思い出して毎夜涙で枕濡らしとったわ」
「……ボール、来ますよ」
清水は柳田と雑談をしながらも、彼を抑えるための配球を頭の中で考えている。
柳田はとにかくなんでも振ってくる超積極打法であり、そんな相手には素直にストライク勝負をせずにボール先行でカウントを作る。
(まずはストライクからボールに逃げる変化球から攻めて……カウント2-1か。1球は振ってくれたが、2球は見送り……ま、本当になんでもかんでも振るバカなら、蒙光のクリーンナップなんて打てるわけねぇわな)
清水がマウンドの鈴本に視線を向けると、鈴本はそろそろストレートを投げたそうにウズウズした顔を見せていた。
(……ま、タイミングとしてはちょうどいい。ここらで1球、ストレート挟みましょう)
鈴本の意を
「……俺なあ、家が好っきゃねん。オカンが不味いメシ作って待ってて、いっつもトイレから変な匂いがするあの家が」
「……臭そうな家ですね」
「それでも家は家や。どんなに汚くても……帰りたくてしゃーない。そんな汚い家でも恋しいんだから、綺麗な家には今からでも帰りたい……でもなぁ、夏に帰るチャンスがあったのに、つまらん怪我して乗り損ねてもうた」
「……もう関西には戻ってこなくていいですよ。アンタの家は……この神奈川にもあるでしょう」
「あ? つまらん関東モン扱いすんなや、ボケ」
鈴本の投げ込んだ自慢のストレートを、柳田は豪快なフルスイングで完璧に打ち返した。
「秋の甲子園行きバスには乗り遅れん。春に実家に帰るためにもな」
『打ったぁあ!!! 打球はセンターに向かってグングン伸びる! 入るか、入るかぁ!?』
(大丈夫、スタンドまでは届かない……けど、これはフェン直だ!)
(鈴本のあのボールを……よくもまぁそこまで飛ばすぜ……ん?)
一塁手の門倉は、同じスラッガー目線で呑気に柳田の打ったボールの行方を見守っていた。
が、そんな彼の背中に一陣の風が
(
「ヘイ、地味大将! そっちにスーパーカーが向かってるぜ!」
「誰が地味……って、速!?」
いち早く柳田の驚異的なベースランの速さに気がついた門倉の声かけにより、二塁ベースカバーに入っていた沖田も自分に迫る柳田の存在に気づく。
(ま、全く減速しようともしない……コイツは……間違いない!)
「森内ィ! ランナー三つ狙ってるぞ!」
その沖田の声は、外野からのボールを中継するポジションについていたショートの守にも届く。打球には目もくれずに三塁ベースのみを見る柳田を見て、守も打球を処理するセンター小久保に声をかける。
「
「え!? マジかよ、暴走じゃないの!?」
小久保は驚愕しながらも、フェンスに当たって跳ね返るボールを素早く、確実に処理して中継の守に繋ぐ。
「ランナー二塁蹴った!」
その沖田の声を背中で聞き、守は迷うことなく三塁に向けての送球姿勢に入る。
(ちょっと距離はあるが……このくらいなら、まだまだ全然コントロール出来る!)
狙うは、白く輝く三塁ベース。サード船曳のことは無視して、白球を三塁ベースに直撃させるために守は思い切り腕を振る。
(ランナーに当てないために……ベースの真ん中よりも少し外野側にズラして……ドンピシャだ!)
守が狙いどおりに投げたボールを船曳がグローブの中に収めると、そのグローブのすぐ側には頭から滑り込んでくる柳田の右手があった。
「ぬおおおっ!」
「ヒィヤアァッ!」
セーフでもアウトでもおかしくない、ギリギリのプレー。しかし、守は審判のジャッジの結果が既に見えていた。
(……船曳のアウトかセーフか不安そうな顔に対して、セーフであることを疑っていない柳田の顔……こういう時は、だいたい……自信のある方にジャッジは流れる)
「セーフ!!!」
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