第21話 センターの矢

 常時140km後半をマークするストレートを軸に、緩急を使うためのカーブ、意表をつくためのスプリット。3つの球種をふんだんに使い、万谷は4球目で柳生を追い込んだ。


(ランナー三塁……あのランナーのアホみたいな足の速さ考えれば、内野フライか三振が理想……どっちにしろ、俺の球威でねじ伏せればいい!)


 万谷はインローへと狙いを定め、投球動作へと移る。走者は三塁。クイックは特に意識せず、殺意をバッターに集中させる。


(敵は全員殺すつもりで投げる。この闘争心が、俺を名門横浜蒙光のエースにしてくれた1番の武器だと信じている。……特に柳生、テメェは殺したくて殺したくて仕方ねぇ。中3のシニア日本代表合宿で同室になった時、お前に見せてやった俺の彼女に本気で欲情していたこと……一生忘れねぇからな!!!)


 151kmのストレートが、インローいっぱいに向かってうなる。しかし柳生は、まるでそこにボールが来ると分かっていたかのように腕をたたみ、バットをボールにコンタクトさせ……思い切り、掬い上げた。


「我ながらいい仕事だぜ」


「……クソが」


『さあぁ! 打球はセンターに向かって上がっている! 定位置よりも後ろの位置……これは、どうやら先制の犠牲フライになりそうです!』


(よしよし、さっすが柳生……あそこまで飛ばしてくれれば、俺の足なら余裕で帰れ……)


 その時、三塁ベースからセンターを見つめる小久保は思い出した。横浜蒙光のセンターが誰なのかを。あそこにいるのが、どんな男なのかを。

 三塁から見ても分かるほど光り輝く彼の白い歯が見えた時、小久保の口はギリギリの緊張感によってつぐまれた。


「……Go!!!」


『さぁ、タッチアップだ! これで朱護学園高校1点先制……』


「ヒーーーハーーー!!!!!」


 目で見ずとも、音を聞かずとも、小久保は自分を殺すための矢が、どんどん自分に迫ってくる恐怖を感じていた。


(ヤバいヤバいヤバい! 追いつかれる! もっと速く足を動かせ、俺! じゃなきゃ殺されるぞ!)


 まだ、目の前で待ち受けるキャッチャーミットの中身は空だ。しかし小久保には未来が見える。自分の足がホームベースに触れる直前に、ボールを収めたミットが自分の足を押し潰す未来が。


(……正面から突っ込んでも間に合わない! 回り込め! 反則ギリギリなくらい、大きく!)


 ホームに戻ってきたボールを収めたミットを、小久保の手は間一髪で回避する。


(後は手をベースに向けて伸ばすだけ! 伸びろ俺の手! 助けてドラ○もん!)


「いけぇ小久保ォ!!!」


 心の中でマジックハンドを装着。それによってほんの0.5mm気合いで伸びた小久保の腕は……ギリギリ、ホームベースに届いた。


「セーフ!!!」


「よっしゃあぁ!」


「これで1点先制! いいわよ小久保君!!!」


 沸き上がる朱護学園ベンチとは対照的に、小久保の顔は青ざめていた。余裕のセーフかと思っていたタイミングで、ここまでギリギリのプレーを迫られる……その原因となったセンターの宇宙人に、小久保は僅かな恐怖を覚えていた。


「うーん、おっしいなぁ……後0.5秒、取ってから速く投げれれば刺せたのか……」


 その宇宙人こと柳田光聖は、両手で双眼鏡を作ってじっとホームベースを見つめていた。


「……ま、ええわ。もう終わったことやし」

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