第20話 先制パンチ
ミーティングが終わり、解散した後の帰り道。いつもの夜の公園で、結は守に『ご褒美』を与えていた。
「……今日は3安打1打点だから……お好きな時間、抱き締めていいよ」
「……そんならこと言ったら俺、次の試合始まるまでずっと抱き締めてるぜ?」
「それはダメ。試合前にちゃんと練習しなさい」
「分かってるよ……じゃ……」
守は結の背中に自分の手を回し、彼女の体を自分の体に密着させる。柔らかい胸の感触にももう慣れてきたものだが、頬へのキスは未だに慣れず、震えながらのそれになる。
「……かわい。試合中とは大違い」
「うるせぇ。……次の試合は、これまでと同じようにはいかない。絶対、厳しい戦いになる」
「……大丈夫。今のみんななら……勝てるよ」
「分かってるよ。厳しい戦いにはなっても、負けるつもりは毛頭ねぇ。……次も打って、こうして結と抱き合って……次こそ、お前の唇にキスするから」
「……うん。期待してる」
10月も中旬に差し掛かり、気候も長袖が手放せないほど冷たくなってきた。この日のように、いつ雨が降りだしてもおかしくない天気ではなおさらだ。
しかしそんな寒い季節も、愛すべき野球バカ達の放つ熱気さえあれば耐えられる。そういっても過言ではないほどの熱い戦いが、この保土ヶ谷の地で始まろうとしていた。
「………………プレイッ!」
試合開始を告げる審判の一声を聞いた瞬間、球場は大歓声に包まれる。その大歓声を
「ストライィック!」
インコースへの148kmストレートを、朱護学園高校1番小久保は悠然と見送る。万谷は典型的な速球中心の投手だが、その手の投手は小久保の大好物である。
ゆえに、小久保は試合開始直後特有の異常な雰囲気の中でも、落ち着いて投手と対峙出来ているのだ。
(……俺達打者陣は、我らがエース鈴本天明を尊敬しています。俺達では逆立ちしても出来ないようなことを、この神奈川の化け物打者とメンチ切って戦うという役割を担っているからです。……だから俺達は鈴本のことを信頼しているし、たとえ破産したり痴漢で捕まったりしようが見捨てたりしません)
2球目、今度はアウトコースに向けて万谷は渾身のストレートを放る。
(……でも、今日この試合だけは別です。この試合だけは、俺達は鈴本のことを信用せず……貪欲に点を取りにいきます)
ストレートを、右方向に。その意識でバットを振り抜くと、打球は理想的な角度で右に向かって飛んでいった。
『打ったー! コースに逆らわずに返した打球はグングン伸びて、ライトの頭を越えて行くーぅ!』
(決めるぜ先制パンチ! そのためにも、目指すは三塁ベース!)
『さぁー俊足小久保! あっという間に二塁ベースを回り……三塁まで到達! 朱護学園高校、いきなり
「よっしゃあぁ!」
「いいぞ小久保ォー!」
「先制のチャンス! 頼むぜ地味な副キャプテン!」
「地味は余計だ! ……ったく、自覚はしているけど……!」
先制点のかかる打席に立つのは2番沖田。小技が出来て守備も安定している堅実な選手である。
(……この場面、求められるのは先制点を取ることのみ! さっきの小久保の打撃を参考にして、速球派相手には右方向の意識を強く持て!)
ストレートに狙いを定めた沖田は、右方向へと強烈なライナーを放つ。
「よっしゃあ! いい当たり!」
「一塁線、抜け……」
「フンヌッ!!!」
……が、蒙光もやられっぱなしではない。ファースト原田、執念のダイビングキャッチでワンアウト。
「ああー! 地味脱却のためのタイムリーが!!!」
「いいぞ原田! デカい図体のわりに動けるじゃねえか!」
「フフッ。守備も一流であってこそ、名門の主将だからな」
「調子乗んな! 守備の自慢はセンターラインにコンバートしてからほざけ!」
主将の原田と遠慮のないやり取りをしてリラックスしてから、万谷は再び打席に向けて鬼の形相を向ける。
左打席に立つのは3番柳生。万谷とは小学生、リトルリーグ時代からのライバルだ。
「存分にやりあおうぜ、
「猿のお友達になった覚えはねぇ。死ね」
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