第19話 横浜蒙光高校

 秋の神奈川県大会を、朱護学園高校は圧倒的な強さで勝ち進む。

 初戦から全試合コールド勝ち。全試合完封勝ちを続けてやって来た準々決勝、vs藤礼高校戦……


「イケメン死すべし!!!」


『いったー!!! 5番船曳のグランドスラム! これで朱護学園高校15点目! ここまで抜群の安定感を誇っていたプロ注目投手、神谷を夏の練習試合に続いて粉砕しました!!!』


 15-0。準々決勝とは思えない一方的な虐殺でのコールド勝ちを収めた。


「どうだぁ! これで球場の女性ファンは全員俺のものだぜ!」


「満塁ホームランだけの一発屋になびくほど神奈川の野球女子は尻軽じゃねぇぞ! 猛打賞&ホームランの柳生廉太郎を女子は見ている!」


「ノンノン。レフトポールとバックスクリーンに打球直撃させたこの門倉様がインパクトなら1番でっせ」


(……あのエロガッパ三人衆は揃ってホームラン。1番小久保君は先頭打者ホームランからスタートしてのサイクルヒット。投げては鈴本君が5回参考とはいえノーヒットノーラン……準決勝の強敵を前に、完璧な勝ちかたが出来たわね……!)


 ベンチから朱護学園ナインの大暴れを見ていた結は、あまりの大勝ちぶちに若干引きながらも、今のチームの強さに確かな手応えを感じていた。

 小学生の頃から野球を続けていて、たまに抱く感覚……負ける気がしない感覚を、結は今のチームを見て抱いていたのだ。


「っしゃあ! あと1つ勝てば関東大会出場決定! 次も勝つぞ!」


(守も3安打1打点で今大会の打率4割! 長打こそ少ないけど、恐怖の9番打者としての役割は十二分に果たしている! ……これなら、『四天王』相手にも絶対負けない!)


 準決勝を前にチームの状態をピークに乗せ、ノリに乗っている朱護学園高校。そんな彼らを、スタンドから見つめるユニフォーム姿の集団がいた。


「……フフッ。本当に楽しそうに野球をするなぁ、アイツらは。流石は我が好敵手達」


「気に入らねぇぜ……殺し合いしてんのに、ヘラヘラ笑ってる奴ら」


「ククッ、ええやろええやろ。笑えるのも今のうちなんやから、好きなだけ笑わせとき」


 古きよき白と黒を基調にデザインされたユニフォーム。胸にデカデカと書かれた『蒙光』の二文字と、YとMを組み合わせた帽子のマークが横浜の子供達に憧れを、対戦相手には恐怖を植え付ける。


「勝つのは俺ら、横浜蒙光や」






「……と、いうわけで。次の準決勝の相手は横浜蒙光高校です」


 学校に戻った後のミーティングで、結は改めて対戦相手の名前を口に出す。

 神奈川四天王が一角、横浜蒙光高校。今年春の甲子園でベスト4まで進出し、通算でも春夏合わせて甲子園で5度の優勝を誇る名門校だ。


「みんなも知っていると思うけど、蒙光最大の武器はその打撃力。ここまでの全試合で2桁得点を叩きだし、チーム打率、本塁打、得点はいずれもベスト4の中でトップ」


「……改めて聞くとえげつねぇな……」


「そんなチームに、俺らは8月の練習試合で2-1で勝利した……鈴本様々だぜ」


 船曳の言う通り、朱護学園は8月の練習試合で横浜蒙光とのロースコアの試合を制した経験がある。その試合はチーム内では鈴本覚醒の試合として認識されており、鈴本は強力蒙光打線に10安打を打たれながらも、失点は4番原田のソロホームランのみに抑えて完投している。


「ショートの守備大将に、誇張じゃなく5点くらいは防いでもらったお陰だけどな」


「あの試合は本当に疲れたぜ……俺のところに何発打球飛んできたんだよ……」


 またその試合は、守の守備力の偉大さをチームが再認識した試合でもあった。蒙光レベルの強力打線相手では、たとえ鈴本といえどもそう多く三振が取れるわけではない。だからこそ、打たれた後をカバーする野手陣の守備力次第で、失点数は大きく変わる。

 朱護学園最大のアドバンテージは、内野の要であるショートにミス知らずの守備職人がいることなのだと、音羽監督以下全員が思い知ったのだ。


「……確かに、夏の練習試合は鈴本君や守の頑張りのお陰で勝てたけど……今の蒙光はあの頃とは違う。なぜなら……怪我で練習試合には出ていなかった3番柳田君が、今は元気にグラウンドを駆け回っている」


「出たな宇宙人」


「いろんな意味で京都に帰ってほしいぜ」


 朱護学園ナインにそう言わしめる男こそ、横浜蒙光高校不動の3番センター、柳田やなぎた光聖こうせい。パワーとスピードをハイレベルで兼ね備えている、『京都から来た宇宙人』である。


「パワー自慢の蒙光打線の中に、パワーだけじゃなく足まで兼ね備えた柳田が入ると……途端に厚みが増す」


「4番原田の前なのがとにかく厄介だ。足のある柳田が出て、原田がそれを返すパターンが確立されている」


 横浜蒙光の中心は、なんといっても超強力クリーンナップである。規格外の男である3番柳田、神奈川最強バッターである4番原田、投手としても打者としても一流の5番万谷。この3人で実にチームの全打点の半分以上を稼いでいるのだ。


「さて、みんな……そんな強力打線の横浜蒙光相手に、執れる作戦は2つあります」


「……2つとは?」


「……1つ、多少の失点は覚悟して、打線がそれ以上に点を取る『打ち合い作戦』。……2つ、相手の主力打者を抑えることで、相手の土俵で戦わせないようにする『頑張れ鈴本作戦』」


「作戦のネーミングが壊滅的だぞ」


「音羽監督と話変われ」


「うっさい! ネーミングセンスは置いといて、みんなはどっちで戦いたい?」


 横浜蒙光相手に打ち合いを挑むか、自分達の堅い守備力を活かしたロースコアの展開に持ち込むか。エース鈴本と主将船曳はしばらく顔を合わせた後、揃ってニヤリと笑ってこう答えた。


「「両方」」


「……言うと思った」


 朱護学園の作戦は単純明快。打者は打ち合いのつもりで打ちまくり、投手はロースコアのつもりで1点もやらない投球をすることである。

 目の前のことに全力でなければ、四天王クラスの相手には勝てないから。

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