第18話 秋、はじまる

「……それでは、秋の大会ベンチ入りメンバーを発表する」


 その日の練習が終わり、外もすっかり薄暗くなった頃、グラウンドの脇に朱護学園高校野球部員54人が整列していた。

 その部員1人1人の目を音羽監督はしっかりと見つめ、監督の横に立つ結は今から選手達に渡される1から20番までの重い重い背番号を大事に抱えていた。


(……大丈夫……守なら必ず、メンバーに入る……きっと1桁の背番号もらってレギュラーになるって、疑うこともなく信じている……)


「……まず、背番号1……鈴本天明」


「はい」


「背番号2、清水勝喜」


「はい」


「背番号3、門倉剛」


「はいっ」


(……どんどん……近づいてくる……)


「背番号4、沖田淳志」


「はい」


(運命が扉を叩く音が……どんどん大きくなってくる)


「背番号5、船曳裕也」


「はい!」


(……次だ……次……)


 結がふと目線を下に向けると、ショートの守備番号である6の背番号が自分の視界にこびりついて離れなくなった。


(お願い……これを、守にあげてやって……)


「背番号6……森内守」


「……はいっ」


 結が抱え、監督が手に取った背番号6を、守がしっかりと受け取った。

 1桁の背番号、レギュラーの証を、守はしっかりと手に入れたのだ。


(……やった……よかった……)


 結は心の中で歓喜し、誰よりも守のことを祝っていた。

 しかし、その気持ちをわざわざ口に出すことはない。守はこれを当たり前に思っており、レギュラーの獲得など甲子園出場のための通過点としか見ていないことを、結は知っていたからだ。


(……だから、わざわざ守を直接祝ったりはしない。守のことを祝って、おめでとうって言ってあげるのは……2月になってからだ)


 そして、この翌日……秋季神奈川県大会の抽選会が行われた。






「夏の大会に続いて、神奈川四天王の所属するブロックが綺麗に分かれるとは……上手く出来ているぜ」


 抽選会の翌日、守とキャッチボールをしながら、組み合わせを決めるくじ引きをした主将船曳がしみじみとそう語る。


「……神奈川は戦国とか言われているが、やっぱり頭2つくらいは四天王が抜けている。この夏から秋にかけて、俺達が四天王の下クラスの中堅に次々圧勝したことで、その風潮も強まったように感じる」


 守の言う通り、春夏ともに神奈川の甲子園出場校は10年以上四天王で独占され続けている。四天王よりワンランク下の高校が他県に行けば甲子園に出られるという声も決して間違っているわけでもないが、だからといって四天王とそれ以外に実力差がないというわけでもないのだ。


「まあ、確かに……俺らからしても、日頃から東皇や横浜蒙光の打倒を目指して練習してんのに……それ以下の奴らに負けるつもりはねぇからな」


「……そうなんだよ。四天王を倒して甲子園に行かなきゃいけないのに、それ以下の連中相手にヒーヒー言うわけにはいかないんだよ……分かるだろ? キャプテン」


「……まあな。四天王と当たるまでは……苦戦すら許されない。全ての試合で圧勝するのがノルマだ」


「決して油断せず、足を掬われず、その上で『勝って当然』という気持ちで臨もうか。四天王前の消化試合……いや、調整試合に」


 9月ももう終わろうとし、すっかり夏の激闘も過去のものになった頃……いよいよ、春の甲子園に向けての戦いが始まるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る