第17話 現在地
9月21日、13時30分。夏の甲子園優勝チームである江大三高校と、戦国神奈川四天王が一角にして夏の神奈川大会準優勝チーム、朱護学園高校との練習試合が始まった。
先攻は江大三高校。先頭打者として左打席に立つのは、1番センターの畔柳
マウンドに立つ朱護学園高校エース、鈴本天明の投じた第1球は……畔柳のフルスイングによって、バックスクリーンまで運ばれた。
「……嘘でしょ?」
「……ハッハ、エグいな」
江大三打線の猛攻は、こんなものでは止まらない。新チームになってから絶好調だったエース鈴本は5回6失点でまさかのノックアウト。
打線も江大三先発吉武の前に沈黙し……スコアボードに0が並ぶ。
「ストラック! アウト! ゲームセット!」
結果は、7-0での7回コールド負け。朱護学園高校新チームの初黒星は、甲子園優勝校との力の差をこれでもかと見せつけられるものになった。
「……これが、お前達の現在地というわけだ」
東京から鎌倉へと帰った守達朱護学園ナインに、音羽監督は容赦なくその言葉を突きつけた。監督はさらに、試合のデータを纏めていた結を呼んで今日の試合についてを語らせる。コイツらに遠慮はするな、と言って。
「……言ってしまえば、あれだけ警戒していたはずの『コア4』に好き放題やられた試合。1番の畔柳君は先頭打者ホームランを打っただけでなく、5打席全てで出塁、3盗塁もマーク」
「……正直、抑え方が分かりませんでした……」
畔柳にバットでも足でも好き放題やられた捕手の清水が、珍しく弱気な声をあげた。
「3番の横山君、4番の高尾君は合わせて5安打6打点。つまり今日の試合は、『コア4』の3人に全打点をあげられたことになる」
「……あの2人は、他と比べてもスイングが違う。サード守っててあんなに怖いと感じたのは……中学の頃に原田と対戦して以来だ」
主将の船曳ですら、相手の3、4番の打撃に及び腰になっていた。
「そして相手エースの吉武君には7回を0に封じられて、こちらは散発3安打。喫した三振は11もあるのに、もぎとった四球は0」
「……『精密機械』とか言われるコントロールの良さだけならともかく……このコントロールで150kmのボール投げられたら、高校レベルじゃ打てねぇよ……」
この日0安打、2三振に終わってご褒美を取り損ねた守も、吉武の投球にはレベルの違いを感じたようだ。
「……あの4人は、警戒したところで簡単に攻略出来る相手じゃないのは分かっている。だけど、いくらなんでも好きなようにやられすぎ。……まあ、それについては攻略策を見出だせなかった私も悪いけど……」
結がそうして自分の責任にも触れたところで、遂に誰も喋らなくなって部室には沈黙が広がった。
秋の大会が始まる前の最後の試合で何もいいところなくコテンパンにやられたことで、新チームになってからの好調ぶりが全て嘘だったのではないかと、少なくはない部員がそう思っていた。
「……いいことじゃないか。大会を前にして、ここまで課題を見つけることが出来たということは」
部室全体が負の雰囲気に包まれかけたところで、音羽監督が口を開いた。
「新チームになってから1度も負けることなく秋の大会に臨んでいたら、俺達は調子に乗って各々に残っていた課題に向き合うことが出来なかったかもしれない。あんまり勝ち続けると、そろそろ揺り戻しが来るんじゃないかと余計なことを考えてしまっていたかもしれない」
口数の少ない監督が多くを語る。この意味が分からないほど、朱護学園のナインは愚かな生徒達ではなかった。
「……ここで負けてよかったと考えよう。所詮練習試合だと、所詮公式戦とは何の関係もない試合だと……前向きに捉えた上で、今日得られたものをしっかりと身につけようじゃないか」
監督が元気よく椅子から立ち上がると、鈴本が、船曳が、守が。朱護学園ナインが次々と目の輝きを取り戻して立ち上がった。
「……俺はとにかく、試合への入りかただ。まだ試合の緊張感にノレていない序盤を上手く乗り越えにゃ、上には通用しねぇ」
「俺達打者は、速いストレートに振り負けないようにしねぇと。コースにビシバシに決められた球はプロ野球選手でもそうそう打てねぇけど、ただ速いだけの球に手こずってちゃ今の時代は話にならねぇ」
「打つ方も大事だが……守備の連携を深めることも大切だ。今日の試合でそれはよく分かっただろ。……ウチは個々の守備力自体は悪くねぇが、連携がまだまだだ。1+1をやるんじゃなくて、1×1……違う、2×2……これでもダメだ。えっと……3+3じゃなくて、3×3を出来るようにならなきゃダメなんだよ!」
「演説するんならちゃんとやれや! 守備大将!」
「うるせぇ! とにかく守備は連携、互いの声かけやサインプレーを大事にしろ! 今から早速練習だ!」
秋の大会が始まるまでの残り僅かな時間を使って、各々が見つけた課題をクリアしようと必死に取り組む。
その先に彼らが望むのは、秋の大会を勝ち抜いて春の甲子園に出場すること……そして、その秋の大会のメンバーに選ばれることであった。
そして、秋大会の抽選会前日……いよいよ、秋の大会のメンバーが発表される。
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