第14話 さよなら東京、また来て東京

 6回の裏。一死ランナー一塁で、打席には今日3打席目の怪物、中谷。


(……今日1日、コイツにはやられてるからな……野手の連中は完全勝利している分、投手の俺もコイツには勝っておきたいところだ)


(そろそろ完璧に抑えましょう、鈴本さん。狙うはゲッツーです)


 清水が構えるのは低め。投げるのはゴロを打たせたい時に使うシュート。


「フンッ!!!」


 バッテリーの狙い通り、低めのシュートに手を出した中谷はゴロを打つ。もっとも、球足の非常に速い殆どライナーのようなゴロだが。


(力業ちからわざ! この化け物には“詰まる”って概念はねぇのか!?)


(詰まってこれだよバァカ。芯を食ってりゃホームランだからな!)


 打たれたバッテリーも、打った中谷も、打球は三遊間を抜けると確信していた。

 だが、このショートはそう簡単には自分の脇を抜かせてくれない。


「よっ……セカンッ!」


 逆シングルでのスライディングキャッチ。そこからスムーズな体重移動で送球姿勢を整え、素早くセカンドへとボールを送球する。


「アウッ!」


(チィッ、またあのショート……てかマズい、このままだとこの俺が、ゲッツーに……)


 中谷の足は決して遅くない。むしろ俊足の部類に入る。が、今回の場合は打球速度も、ショートとセカンドの取ってから投げるまでの速さも、中谷の走力を上回る速さだった。


「アウッ! スリーアウト、チェンジ!」


 中谷敦也、11年間の野球人生ではじめての併殺打ダブルプレー。打ち損じならばともかく、他のショートならば絶対に抜けていたであろう打球を取られてダブルプレーにされたとあらば……もう、笑うしかなかった。


「……流石は神奈川四天王、守りの朱護学園。その守備には張本さんも『天晴あっぱれ』だろうよ」






 試合はそれからも、朱護学園が流れを手放さずに続く。中谷の後続の投手からも追加点を奪い、投げ続ける鈴本も疲れの溜まった8回に1点を取られたとはいえ、守達バックの好守備もあって追加点は許さない。


 そして最終回、先頭打者として中谷に打順が回ってくるが……


「……まだまだ力不足」


「……ようやく、抑えられたぜ」


 打球は定位置へのセンターフライ。ようやく満足のいく形で中谷を抑えた鈴本がそのまま最後まで投げきってゲームセット。

 朱護学園は見事、夏の甲子園ベスト8チームである三杉学舎大付属高校に5-2で勝利したのだった。






 試合が終わり、両校共同で試合後のグラウンド整備をしている最中、音羽監督はベンチで結とともに試合の総括を行っていた。


「……強力三杉学舎打線を2失点に抑えるか……夏の大会でベソをかいていたとは思えんほど、鈴本は成長しおったな」


「夏の予選決勝……小学生の頃からのライバルだった東皇とうおうの4番福王君に打たれたサヨナラホームラン……あの悔しさを乗り越えたからこそ、今の鈴本君があるんですよ」


「うむ……鈴本だけではない。今のメンバー全員が、打倒東皇を掲げてこの短期間で成長してくれた……今日の試合もアイツらに言わせてみれば、ベスト8の三杉学舎に負けているようでは、準優勝校の東皇には勝てないと言うかもしれんな」


「ハハッ、そうですね……その東皇を倒して優勝した江大三に、果たして私達はどこまで通用するのか……」


「……江大三の野球は、とにかくレベルが高い。簡単に言えば、つまらんミスを一切しない。無駄なエラーや四球、記録に残らない細かいミス……所詮はアマチュア、ミスはつきものである高校野球の中で、1校だけプロと同じ土俵での野球を行っている」


「……そこまで……」


「……ウチも、もっともっとミスを減らしていかねばならん。……だからこそ、森内のような選手は貴重、必要なのだ」






「……それではテメェら、愛しき戦友達よ……春の甲子園で会おうぜ」


「それまでに負けんじゃねぇぞ、中谷!」


「それはこっちのセリフだ! 戦国神奈川、ついでに関東で足を掬われるんじゃねぇぞ!」


 ……こうして、朱護学園高校秋のサバイバル第2試合、東京遠征編その1は終わった。

 秋の神奈川県大会開幕まで、後3週間……春に向けての争いは、苛烈さを増してゆく。

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