第10話 為すべきことは
中谷のホームランで三杉学舎が先制点を取った直後の5回表、ここまで
先頭の4番門倉が
(求められるのは、最低限!)
1年生の6番、宝生が確実に犠牲フライを打ってまずは同点。更に7番鈴本は送りバント、8番清水は
(ホームランで乗っていけるかと思いきや、逆に崩れる……勝てない投手の典型だぜ、これ。まあ、あっちもあっちで簡単に相手を乗せない方法を分かっているからこそ、すぐ同点に追いついたんだろうが……)
マウンドの中谷は、自分の不甲斐なさを嘆きながらも冷静さは失っていない。彼自身も自分は打者としては一流でも投手としては平凡だと自覚し、打たれたところで打撃で取り返せばいいと開き直っているからだ。
『9番、ショート、森内クン』
(でも、流石に勝ち越しまでは許さねぇぜ)
朱護学園としては、追いついた勢いのままに勝ち越したい場面。勝ち越しの走者である二塁ランナー船曳は、鈍足ではないが足が速いわけでもない。つまり、単打で帰れるかは微妙なところだ。
(……確実な打点のために必要なのは長打……次の1番小久保に託す考えもあるが、今日の小久保は中谷相手に全く合っていない。この回で勝ち越すためには、やっぱり俺が打たねぇと……)
守の体に、自然と力が入る。打者としては非力な自分が長打を打つためにはフルスイングするしかないと、彼は完全に力んでいた。
「フンッ!」
(初球……チェンジか!)
タイミングをずらしたチェンジアップの前に、初球は空振り。この振った後に体勢を崩すほどの大振りを見て、朱護学園ベンチの音羽監督は大きな危機感を抱いた。
「……力みすぎだ。あのバカ、自分が非力だって自覚してるなら大人しく繋ぎに徹すればいいものを……」
「……守……ボールに食らいつくようにはなっていても、あんな露骨な長打狙いのフルスイングはしないタイプなのに……」
「……長打一点狙いのマン振りも、許される打者と場面がある。……森内はそれが許される打者じゃないし、今もそれが許される場面じゃない」
「……もしかして守……自分で打点をあげようと
2球目。落ちるスライダーにかすりもせず空振り。今のスイングはあまりにもバットとボールがかけ離れており、それを見ていた三杉学舎バッテリーも思わず失笑を浮かべる。
(……やっぱりコイツはチョロい安パイだな。最後は高めの釣り球でも振らせるか……)
(ちっくしょう……今の場面は、俺が打点をあげるための千載一遇のチャンスなのに……打点をあげれば、結とキス出来るのに……)
「タイム!」
守が2球目を空振ったタイミングで、朱護学園ベンチからタイムが要求される。守がベンチを見ると、結がスゴい勢いでこっちに来いと手招きしている姿が見えたため、守はそそくさとベンチへと戻ってゆく。
「……監督、なんでしょうか……」
「俺の話はマネージャーから伝えてもらう。多分お前には、そっちの方がいい薬になるだろうしな」
「え……」
守が結を見ると、結はうつむき加減に申し訳なさそうな顔をしている。そんな結の姿を見ていると守は途端にいたたまれなくなり、なんとかして結のその顔を明るくしてあげたいと願うようになる。
「……守、ごめんね……」
「……ごめんって、何が……? 別に、結が謝るようなこと……」
「私との『約束』のせいで、それに縛られた守がレギュラーを取れなくなるかもしれない……」
「……は? ……!」
その時、守は理解した。自分は自分の欲望のためにヒットを打つこと、打点をあげることに躍起になっており、チームプレーが出来ていなかったことを。チームスポーツである野球において、突出した実力があるわけでもない選手がチームプレーをおざなりにしていては、使う立場の監督も使いたがらないだろうということを。
「……だから、あなたとの約束は一旦変更させて下さい……『レギュラーになって甲子園に行ったら、私はあなたの恋人になる』……これだけに」
その結の言葉は、ベンチにいる全員が聞いていた。まさかまさかの、試合中の公開告白。これには門倉柳生のエロガッパも、2人の昔馴染みの宝生も、果ては監督でさえも目を点にしてしまい、ベンチの空気を察した二塁ベース上の船曳は嫉妬に狂っている。
しかし、そんな周囲の様子は2人には気にならない。守と結はもう、2人だけの世界に入っていたから。
「だから、この場面は……あなたがレギュラーを取るために、何をするべきかを考えてプレーして」
「俺が、レギュラーを……この場面で……よし!」
守の決意は固まった。結に、ベンチに背を向けて打席に戻ると、その途中のネクストバッターズサークルにいる小久保の肩をポンと叩く。
「……絶対繋ぐから、後は頼んだ」
「……任せなよ。だから、絶対繋いでくれよ!」
「おう! 俺は絶対、塁に出る!」
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